「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
「 第二夜 固めのプリンをめぐる冒険 」
平日に体調を崩すと得意先に迷惑がかかるので、いつも大型連休に合わせて風邪を引いています。頭で計算した覚えはないのに、勝手に体が「ここをキャンプ地とする!」と言わんばかりに、強制的にスリープモードに突入してしまう。なんてブラックな体質なのでしょうか。
鼻水が油田のように溢れてきて、口呼吸が増えて喉も痛くなる。鼻と喉を同時にやられると、頭がぼーっとしてくる。食欲も性欲も、方向性の違いで速やかに脱退して、残された睡眠欲だけが張り切って眠気を誘ってくる。しかし体温計を脇に刺してもドがつくほどの平熱で、「甘ったれんな」と一方的に叱られた気分になる。いっそ38度くらい出てくれていたら意気揚々と体温計の写真をインスタにアップして「大丈夫ですか?」ってフォロワーから心配されたりできるのに、なんだよ、36.4って。
そういうやさぐれた状況には、やはり妄想で自分自身を甘やかすのが手っ取り早いと思うのです。イマジネーションは無限であり、常に自分に都合よく、むしろ多少熱があったくらいの方が脳は綺麗なお花畑を見せてくれます。
固めのプリンをめぐる冒険がしたい。
突然なんのこっちゃと思われるかもしれませんが、もう散々流行り尽くされ、擦りに擦られ、消耗しきってしまった、あの固めのプリン。エモなんて雑な言葉でくくられて、インターネットでは「純喫茶」と並んでレトロな空気を勝手に冷笑ワードに入れられがちな、あの固めのプリン。こっちはただ食べたいだけなのに、「意外と流行とか乗るんですね(笑)」とリプライつくのが怖くて、いまだにほとんど食べていない悲しみのプリン。だから「固めのプリンを食べるためだけに二時間電車に乗った」とか、そういう旅を、今こそ脳内で実現したいのです。
インスタのストーリー(ストーリーズってわざわざ言う人のこと尊敬してる)に、なんとなくおしゃれな雰囲気の街や空の写真を載せて、そこにしれっと「固めのプリンをめぐる冒険がしたい」と書いておく。その時にあの、白い雲の上にあえて白い文字でテキスト入力してちょっと文章を気付かれにくくするしょーもないイースターエッグみたいな文字の入れ方をするのも全然アリだと思って、やります。
あとは小一時間、のんびりティータイムでもしながら、リアクション待ちを。少しずつ寄せられる「いいね!」の中から、旅の同行者にふさわしい人物の登場を待ってみます。ここらへんの要領は、おそらく蚊取り線香とか網漁のそれに近い気がする。
大概はどうでもいい奴らばっかりリアクションしてきて、中には会社の上司とかまで「いいね!」をかましてきていますが、これは密かなハラスメントだということにして無視しまう。そして一時間二十分ほど経った頃、いよいよ、大本命が登場。「なんか過去にちょびっとだけエロい関係になりかけた夜が二度ほどあったけど、結局は別に手すら繋いでいないただの友達ラインから越えてない友人」から、いいね!が来ました。普段はどんな投稿をしても反応してくれないのに、どうしてこんな時に限って? そんなの俺の妄想だからに決まってるだろうが。
さあ、この機を逃すまいと、こちらからDMを試みます。しかし、何やら様子がおかしい。これはどう見ても、相手に「入力中」の表示が出ています。もしかして、あの人が僕に向けてメッセージを打っている? 一縷の淡い期待を込めて待ってみると、ほんの数秒後に本当にDMが届きました(すごいぜ妄想)。それも、すぐに既読にして目に飛び込んできたのは「いいな、行きたい」の7文字ではないですか(やったぜ妄想)。大喜びしたい気持ちはグッと抑えて、ここは一旦クールを装い返事を送ってみます。
「行きたいって、固いプリン?」
「そう。固いプリン」
「好きなの?」
「ううん、流行りすぎて、食べ損ねてるから」
「あ、完全に一緒だ」
「ほんと? わたし、タピオカの時も飲み損ねてる」
「え、タピオカ、一度も飲まなかったの?」
「うん。ブーム来てから飲んでない」
「ものすごいひねくれ方じゃん。あのビッグウェーブに乗らずにいるのすごいな」
「へへ、褒めてくれてありがとう」
数年ぶりの連絡のはずなのに、ブランクは一切感じさせないスムーズなやりとり。このあと妙に盛り上がって、気付けば明け方4時くらいまでDMが続いてしまうタイプのそれです。そしていよいよ「じゃあ明日は?」「え、明日? 空いてはいるけどさすがに急じゃない?」「空いてるならそういう運命だったってことだよ」とか、簡単に運命を気取る会話をして、待ち合わせ場所が東京駅といういかにも旅っぽい場所に決まって、わざわざ新幹線に乗って、固めのプリンをめぐる冒険に出発。
その旅、本当はどんなプリンを食べようとも、もう僕らの満足度にはなんら影響しないのです。なぜなら二人で旅に出かけた時点で、とっくにプリンよりもはるかに甘くて苦くて美しい思い出がスタートしてしまっているから。なんつって。
このくらい、雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。
第三夜へ続く