ちょっと気楽になった夜
お悩み相談の痛快なアドバイスが人気。
人生の格言で多くの人の心を動かすDJあおいが
あなたの夜をちょっと気楽にします。
ペンを握ると、心がゆっくりになる
最近はすっかり手書きで文字を書く機会がなくなりました。
日課であった日記も数年前からデジタル化にしてしまい、『ペンを握る』ということもなくなり、ついにはメモでさえデジタルにしてしまいました。
つい最近、役所の手続きで書類を提出しなければならないということで、郵送で書類が送られてきたわけですが、『まだ紙なの?』という若干の憤りを覚えつつも名前や住所をボールペンで書いたんです。
びっくりしました。あまりの字の汚さに。
『字年齢』という物差しがあったら、たぶん10歳くらいのクオリティ。
当たり前のことなのですが、字って書かないと劣化していくんですね。
小学四年生並みの字のクオリティに我ながら驚きを隠せず、『これはいけない!流石に恥ずかしい!』と危機感を覚え、手書きの日記を再開しました。
しかし、再開したのはいいものの、やっぱりタイピングの方が圧倒的に早いんですよね
タイピングの速度でのアウトプットを手書きでやろうとしてしまうと、当然のことながら手が追いつかない。
これがもうもどかしいったらありゃしない。
再開後の数日はそんな葛藤でイライラしていたわけですが、次第に手書きのマインドが蘇ってきたんです。
タイピングでは拾いきれない『間』が、そこにはあるんですよね。
文字を一文字ずつ形にしていくうちに、頭の中の思考もゆっくりと形になっていく。
タイピングのような流れるスピードではなく、まるで自分の心と対話しながら書いているような感覚。
書きながら、『あれ?本当はこう思っていたんじゃないか?』と気付く瞬間もあれば、一文書くのにペンが止まることで、自分の迷いを『見える形』にしてくれる瞬間もある。
デジタルは確かに便利ですが、その便利さの中では置き去りにされてしまう『感情の温度』みたいなものが、手書きにはちゃんと残るんですよね。
だいぶ手書きに適応してきても、それほど美文字にはなりませんでしたが、その不格好さも含めて、自分そのものが紙の上に残っている感じがして、どこか懐かしく、そして少し誇らしい気持ちになっていきました。
これは日記というより、今日の心の温度を測る、体温計ならぬ心温計みたいなものですかね。
そうして続けているうちに、手書きの時間が一日の中で小さな『静寂の島』になりました
スマホもPCも閉じて、ただ紙とペンだけを前に置く。
その行為だけで、頭の中のノイズがスッと遠のいていくのがわかるんです。
文字を書くたびに、心の中で沈殿していた感情が少しずつ浮かび上がり、それを言葉にして紙に移していくと、まるで整理整頓されていくような感覚になる。
どんなにモヤモヤしていても、書き終えた後には不思議と気持ちが軽くなっている。
手書きには、思考のスピードを『人間らしい速度』に戻してくれる力があるのかもしれません。
早く、効率的に、合理的に、そんな現代的な価値観の中で。
ペンを握るというアナログな行為は、ある意味で『反抗』にも思えるけれど、その不便さこそが、心の余白を取り戻す鍵になっている気がします。
たぶん、もう昔のように毎日几帳面に書き続けることはできないでしょう。
それでも『今日はちょっと書きたいな』と思った日に、ゆっくりとペンを走らせてみる
そこに書かれるのは、誰に見せるものでもない、誰にも評価されない。
けれど紛れもなく『自分がいきた証』のような文字たち。
デジタルの中で失われかけていた『自分の輪郭』を、もう一度、手のひらの感覚でなぞりなおしている。
そんな時間が、今は何よりの贅沢だと感じています。



