「おつかれ、今日の私。」vol.18
東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。
おつかれ、今日の私。 vol.18
心が挫けそうになることって、意外と頻繁にある。だいたいは期待が外れたときだ。がんばったのに思ったほどの結果が出なかった、今度こそ選ばれると思ったのに選ばれなかった、自分ならやれると思ったのにできなかった、乗れば時間に間に合う目の前のバスに乗り遅れた。あ、ダメだろうなと思ったらやっぱりダメだったときも、ガックリくるか。「ダメだろうけど、もしかして」の淡い期待が外れたから落ち込むなんて、私はちょっと図々しい。
去年、私は筋トレに励んだ。ここ数年チンタラ続けていたが、自粛期間中は特に家トレをがんばったのだ。ジムに行かずとも追い込めたことが、我ながら誇らしい。筋肉は裏切らないので、正しいフォームで励めば必ず結果が出る。これほど期待を裏切らないものにお目にかかったことがないと興奮した。
そう、筋肉は裏切らない。つまり、やらなきゃ落ちる。10月からやたらと仕事が忙しくなり、私は3ヵ月まるまる筋トレを休んでしまった。そうするしか手がなかいくらい、毎日ばかみたいに働いては、どんよりと疲れていた。
そして迎えた年末。久しぶりに時間と体力に余裕ができたので、私は恐る恐る筋トレを再開した。再開しただけでもエライと思う。いままでの私なら、なかったことにしてフェイドアウトだ。だって筋トレはキツイから。がんばった翌日は必ずゾンビみたいな歩き方になるし。
それでも再開したのは、体を動かす気持ちよさと、蓄えた筋肉のおかげで日々の生活がしやすくなることを知ってしまったから。羽が生えるとまでは言わないが、補助輪やちょっとしたエンジンがついているくらいにはラクになる。
不安もあった。蓄えた筋肉が、少しずつ落ちているのをひしひしと感じたから。鏡に映したお尻は、しぼんだ風船のようにしんみりと垂れている。3か月前はこんなじゃなかった。3か月なら、ギリギリ間に合うかも。私は性懲りもなく「ダメだろうけど、もしかして」とまた期待してしまったのだ。
結果は散々だった。体感的には「ついこの間」、実際には3か月前にやすやすとできたことが、まるでできない。15回を3セットやっていたのに、10回を2セットでバテてしまう。「やっぱりね……」が右から、「そんなまさか!」が左から突進してきて、私の心のど真ん中で衝突した。ああ、挫けそう。
ショックが大きく、運動後にプロテインを飲むのも忘れたくらい。今度は「それじゃあ筋肉はつかないじゃない」が右から、「プロテイン飲むほど運動できてなかったじゃない」が左から猛進してきて、ふたたび心のど真ん中で衝突する。ああ、やっぱり挫けそう。このままじゃ自分のことを嫌いになりそう。
眼前には選択肢がふたつ。もう筋トレなんて飽きちゃったと強がって撤退し、やっぱり私はダメだったとしょんぼり自分を嫌いになるか、できていたことができなくなった自分にイライラしながら、苦しいのを承知で続けるか。どちらもつらい。去年までなら間違いなく、辞めていたと思う。
さて、2021年の私はいままでとちょっと違う。「完全にやめなければ、それは継続と見做す」と、都合よく考えられるようになったから。振り返れば、白黒つけたがり過ぎな人生だった。いや、これからも人生は続くのだけれど。だからこそ、どっちつかずに耐える力が必要だろう。
残りの人生は、右から黒が、左から白が突進してきたとしても、衝突したあとのグレーやモザイクを楽しめるように努めたい。がんばることがあるとすれば、それくらい。残りの人生はさすがに大きく出すぎたかな。ひとまず、2021年は。今年の目標は曖昧を愛すること。