「おつかれ、今日の私。」vol.10
東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。
おつかれ、今日の私。 vol.10
「あんなこと言われて、もう全身から力が抜けちゃって……」
フリーランスのグラフィックデザイナーをしているりえさんには、同い年の夫がいる。夫もフリーランスでスタイリストをしており、二人はとある広告の仕事で知り合った。いつ会ってもおしゃれで陽気な二人は、それこそ広告のモデルさんみたい。つまり、すっかり落ち着いて、何の問題もなく毎日を過ごしているように見えた。
りえさんに呼び出され、私は深夜のバーにいる……なら格好良かったのだが、ここはコインランドリーだ。プチ家出をしたりえさんの洗濯に、なぜか付き合わされている。不謹慎だが、こういうハプニングは懐かしい。結婚前、長きにわたりドラマチックな恋多き女をやっていた、りえさんの本領発揮だ。
「私はね、単純に心配だったの。あの人、働きすぎだから。この状況で忙しいのはいいことよ? でも近ごろはなんでもかんでも受け過ぎ。ちょっと異常。ほら、私たちフリーランスだし、年齢のこともあるから不安になるのはわかる。でも、夜は遅いし朝は起きれないしミスも多い。顔色も悪いしね。イライラ当たり散らされるのも勘弁。黙って支え合うのも夫婦だけど、無茶しないでよねってストップ掛けるのも、夫婦だと思ったわけ」
うんうん、と私は大きくうなずいた。一緒に暮らす人間が不機嫌なのも、不摂生で不健康なのもたまったもんじゃないことは私にもわかる。
「だから、ちょっとペースダウンしたら? って言ったのよ。できる限り穏やかに。そしたら半笑いで、『なにそれ嫉妬? 俺が忙しいから?』だって。ぜんぜん伝わってないし、私の仕事と気持ちをいっぺんに矮小化しやがってあいつ……」
まぶしいほどの光量を放つ蛍光灯の下、ゴオンゴオンと大きな音を立てて回る洗濯乾燥機の前でグーにした両手を膝の上に置き、りえさんは静かに怒っていた。
矮小化。最近よく耳にする言葉だ。本質とは異なる部分をクローズアップして、取るに足らない些細なことに変えてしまうこと。人の気持ちに対してやると、致命傷になる行為。
私にも、それをやられた経験が何度もある。親に、教師に、友達だった人に、そして恋人だった人たちに。悔しくて涙が出たし、長いこと忘れられずに思い出し怒りをすることもあった。「たいしたことじゃない、そんなに心配しなくてもいいよ」と言われた方が、気が楽になることもある。だけど、その前に一度、こちらの不安を額面通りに受け取って欲しいのだ。かかわってくる気があるなら、そんな簡単な言葉で、私の気持ちをなかったことにしないで欲しいのだ。
フリーランス同士が「嫉妬」なんて言葉を使ったら、そりゃ大揉めになるのは火を見るよりも明らかなのに。言葉とは裏腹に、りえさんの夫にはかなり余裕がないように思えた。りえさんもそれは十分わかっている。
「でも親じゃないからさ、私」
まさに、それ。りえさんの夫には、キャパシティー以上の仕事を受けてしまうなんらかの理由があるはずだ。パートナーからの助け舟に、「実は……」と心のうちを話す選択だってあった。なのに、自分で自分の心に掛けている負荷をないものとし、おかしいのはりえさんのほうだと責任転嫁のようなことをした。りえさんに対する敬意がまるでない。
「基本的にはいい人なんだけどさあ、身内になればなるほどぞんざいな扱いをしてくるところも、ややあるんだよね。結婚しなきゃわかんなかったけど」
ガス式の乾燥機でフワフワに仕上がった3日分の洗濯ものを畳みながら、りえさんはこれからのことを考えている。さすがに即離婚とはならないだろうが、なんらかの消えないシミが心に残ってしまったらしい。
突如、「うわああ!」と叫び、りえさんは空の洗濯乾燥機に上半身を突っ込んだ。人間も洗濯ものみたいに、きれいさっぱり洗えればいいのにねえ。
「おつかれ。話聞いてくれてありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ」
ビジネスホテルの前までりえさんを送り、家路を急ぎながら思う。やっぱり、私はりえさんが大好きだ。だってりえさんは、自分の気持ちを矮小化しなかったから。投げかけられたひどい言葉に、「たいしたことない」って顔をしなかったから。ごまかさず、受けた傷にジタバタできる人こそが本当に強いのだと、りえさんは教えてくれた。