散歩 this way 2 -02-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「散友の輪」
私には何人か散歩友達、「散友(さんとも)」がいる。「なにする?」と話し合って、「散歩は?」と聞いて、即答で「いいよ〜」と返ってくる友がいる幸福な散歩人生を歩んでいる。
20年来の散友とは阿吽の呼吸で散歩が始まる。とりあえず散歩、つなぎの散歩、締めの散歩、いつどんなシチュエーションでもスムーズに散歩に入ることができる。散歩から離脱するのも実になめらか。流れるように店に入ったり次の行動に移ることができる様子に私はこっそりうっとりしている。50年くらい続けてみて、ふたりして散歩の国宝になってみたいね。最近映画の『国宝』をやっと観たので、頭の中がいろいろな国宝の想像でいっぱいになっている。そのために健康と足腰には気をつけないと。国宝になったら後進の育成にも力を入れなくてはいけないだろうし、忙しいぞ。
ドライブに行きませんか?などと同じ感じで、散歩に行きませんか?と散歩をメインイベントのように誘ってもいいと教えてくれたのも散友のひとりだった。彼女はある日、まっすぐキリッと長い散歩に誘ってくれた。バキュンと胸を撃ち抜かれた。なんて素敵なお誘いなのだとショックだった。人生のなかでも最上のお誘いのひとつだった。ひたすら街を歩いていく中、ただでさえたのしいおしゃべりが、風や日差し、目にうつるすべてのものがスパイスになってこれ以上ないほどに非現実的におもしろく感じる。沈黙だって街の音や木々のざわめきが埋めてくれるのでなんの心配もない。歩いているからあまり目を合わさないのがまたちょうどいい。タイミングや話題がゆったりじんわり心に染み込んでいって、それが景色とも紐づけられてずっと忘れない思い出になる気がする。向き合わないからこそぽつぽつおずおず話せることもある。これはドライブとも似ているかもしれない。
もうひとりとは、「散歩で日本一周」というアプリでたのしんでいる。これは日々歩いた距離が日本地図上に反映されていくというもの。アプリを紹介したらハマってくれて、今どのあたりなのかをお互い見せ合ってはにっこりしている。相手は一日一万歩を死守する強者なので、そのうちするっと抜かされそう。ちなみにいま私は宗谷岬を目指して歩いているらしく、東京タワーが出発地だったから、思えば遠くへ来たものだな……としみじみ地図を眺めている。どこへだって歩いて行けるんだと思ってこころづよくなる。私たちは死ぬまであと日本を何周くらい歩けるのかな。
こうして幸いにもたくさんの散友に恵まれている。そんな散友の輪の中で暮らしているためか、世界に散歩が嫌いな人はいないと自然と考えてしまって、気づかずに散歩ハラスメント、「散ハラ」をはたらいてしまったことがある。時間いっぱいあるし、天気いいし、どこまでも散歩しようよー!と数時間の散歩に連れ回したあとに落ち着いたベンチで「実は散歩が嫌いで……」と打ち明けられて大反省をしたことがある。嫌いな人がいないことなんて存在しないよな。それからはきちんと散歩の好き嫌いを聞くようになった。食べ物や服などであれば好き嫌いが分かれるから気を遣おうと思えるのに、どうして散歩は無害だと思ってしまうのだろう。散歩のこと、自分が好きなもののこと、この世界に手放しに愛してもらいたくなる。
散友との連絡の締めで送り合う、「また散歩しまくりましょうね!」の言葉。これを交わしている時は最高に幻想的。目の中にボールペンで星をちまちま描き入れたい気持ち。



