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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第114夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ファーザー』(2020年)
『アリスのままで』(2014年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

認知症を扱った映画

1月9日から公開中の『喝采』は、ブロードウェイの大女優が認知症を患う映画だ。リリアン・ホール(ジェシカ・ラング)は、チェーホフの戯曲「桜の園」の稽古中に、いつものようにセリフが出てこないことに気づく。そして受診した医師から認知症だと告げられてしまう。舞台女優にとって記憶障害は俳優生命の終わりを意味している。舞台一筋で生きてきたリリアンは、病気の事実を関係者に伏せて「桜の園」をやり遂げることを決意する。

今までならあり得なかった、セリフが前後に飛んだりまったく頭が白紙になったりしてしまうリリアン。プロデューサーや舞台監督は代役を検討するが、リリアンという人気女優が主演でなければ舞台が赤字になってしまう懸念もある。リリアンの認知症は幻覚や幻聴も起こすようになり、アシスタントのイーディス(キャシー・ベイツ)はなんとかイヤホンでセリフを伝え、リリアンを支えようとする。

観ていてもハラハラしてしまう映画だ。筆者の亡母も晩年は認知症だったので、思いがけない記憶の飛び方で喋るのも知っているため、ブロードウェイの舞台で大量のセリフを覚えるなんて、危険すぎる行為だと感じた。稽古中にも幻覚を見たり、舞台へ向かう途中で徘徊をしたりして、認知症への危機感を新たにする作品だった。

この映画にインスピレーションを与えたのは、ブロードウェイの伝説的大女優マリアン・セルデス。晩年は認知症に苦しみ、その様子を捉えたドキュメンタリー映画『マリアン』は、認知症を患った様子を捉えたシーンが多く、かつての栄光を傷つけるものとして物議を醸した。

認知症の当事者の主観で描いた映画では、アンソニー・ホプキンスが主演の『ファーザー』がある。ホプキンスは本作で『羊たちの沈黙』以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞した。

認知症の患者が自分の娘や娘婿を、ときに同一人物と思えないことを、実際に別の俳優が演じることで視覚的に表現している。今居る場所が自分の家だと思い込んでいるが、実は娘の家に引き取られているのも気づいていない。そして介護士に対し物盗られ妄想を抱いてクビにしてしまう。わたしの母も典型的な物盗られ妄想を発症していたが、なぜ同じ症状が出るのだろう。認知症になって幸せな感覚が生まれるなら良いのに、疑心暗鬼のマイナスな心の動きが起こってしまうのが、当事者もつらいだろうし、周りの介護をする人間にとっても負担が大きすぎる。

若年性アルツハイマー病を描いた映画では『アリスのままで』がある。これで主人公のアリスを演じたジュリアン・ムーアもアカデミー主演女優賞を受賞した。コロンビア大学で教鞭を取る言語学者のアリスが、急に言葉が出てこなくなったり近所の道に迷ったりするようになり、診察を受けると若年性アルツハイマー病と診断される。特にアリスのように知的な人間の方が進行が早いというのも残酷だ。アリスを演じたジュリアン・ムーアが瞬く間に身づくろいもまともにできなくなり、常に不安気な表情で夫にすがっている様子はいたたまれない。女優を目指して反発していた次女(クリステン・スチュワート)と、折り合いのつく家族愛の話として感動的だが、アリスの健忘症の度合いは、ジュリアン・ムーアの繊細な熱演もあってちょっと恐怖を覚えてしまう。

<オススメの作品>
『ファーザー』(2020年)

『ファーザー』

監督:フローリアン・ゼレール
出演者:オリヴィア・コールマン/アンソニー・ホプキンス/ルーファス・シーウェル/イモージェン・プーツ/マーク・ゲイティス

アンソニー・ホプキンスが演じる老人が、非常に傲慢かつ頑固であるのも、介護者を苦しめる要因を示していてつらくなる。(素直に言うことを聞いてくれたら……)と介護者がうなだれる局面も本当に多い。だが相手も尊厳を持った一人の人間であるのだから、これが当たり前なのだ。思い通りに動いてもらおうとすることの方が身勝手なのかもしれない。ただ、自宅でも介護が難しくなった時は、特養ホームなどの決断をしなければいけないわけだが……。

『アリスのままで』(2014年)

『アリスのままで』

監督:リチャード・グラツァー/ウォッシュ・ウエストモアランド
出演者:ジュリアン・ムーア/アレック・ボールドウィン/クリステン・スチュワート/ケイト・ボスワース/ハンター・パリッシュ/シェーン・マクレー

若年性アルツハイマーは通常の老人が認知症を発症するのとは異なる。親子間の遺伝子によって発症の比率が決まり、確率は50%と高い。アリスの子ども3人にも、将来必ず発症する陽性の結果が出るという、電話での軽い演出ゆえにショッキングなシーンもある。自分の好きだったアイスのフレーバーも思い出せない些細な瞬間などに、日頃の何気ない幸福が音を立てて崩れていく悲しみがある。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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