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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第113夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『残菊物語』(1939年)
『鶴八鶴次郎』(1938年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

『国宝』をやっと観た話

10月に入ってからやっと『国宝』を観た。日本の歴代興行収入一位だというのに、「映画評論家と名乗っていてそれはないだろう」と言われそうだが、みんなが観ている映画ならもう、わたしが観る必要もないし……。他にも封切りの映画は山ほどあるので、手分けして観た方が効率もいいじゃないですか。特に夏が苦手なわたしは、盛夏に劇場へ行くのは発狂しそうになるから、さらに出遅れてですね。――呆れている人には通用しなさそうな言い訳でしかないけれど、でも年末のベストテン選出までには観ないとまずいと思って、涼しくなるのを待ちようやく鑑賞は済ませた。

撮影が『アデル、ブルーは熱い色』のソフィアン・エル・ファニと聞いていたので、それをまず確認したかった。シネマスコープの画面サイズが、歌舞伎の舞台全体を捉える効果をあげている。また主演の吉沢亮と準主役の横浜流星が並ぶ構図も多いので、左右に広がりのある画角が対称性の意味を生んでいた。視線を誘導するラックフォーカス(ひとつのフレーム内でピントを被写体AからBに移すこと)が多いという苦言の感想も読んでいたが、そんなに多用されているとも感じなかった(一か所寺島しのぶからの無意味なフォーカス移動は気づいたものの)。歌舞伎という舞台を生かす意味では、意義のある撮影だと感じた。

事前にやはり感想が視界に入ってきていて、「歌舞伎のファンだから劇場で見慣れていると物足りない」というのもあったが、それはどんな職業を俳優が演じようと同じであると思う。本業の人以外気づいていないだけで、医者や八百屋を演じていてもリアリズムがどこか欠けているかもしれない。そこはそういうものとして差っ引いて観てあげればいいのではないだろうか。吉沢と横浜の指導に当たった中村鴈治郎も、映画は映像表現ならではのもので、歌舞伎ではできない芝居があると語っている。

それと歌舞伎は出雲阿国に原点があることから、男性が乗っ取った芸道であることへのフェミニズム的批判も何件か見かけ、それらは1000リツイート以上されるバズり方で、女性にとってやはり繊細な問題であると感じた。女性から奪取して女性を疎外する形式を作り、そして今の歌舞伎界において女性は妻の座について、内助の功として裏方に回って支える、という構図が、現代では古めかしいジェンダーバイアスの温存になってしまっているのは事実だ。

また『国宝』の劇中でも女の子の隠し子が発覚する場面があるが、現実でも平成の時代になってすら隠し子のいる歌舞伎役者が何人かいたのも、「女遊びは芸の肥やし」というイヤな考え方を残している。これはさすがにマスコミの目もうるさくなってきたとはいえ、まだまだ続いていく悪弊なのかもしれない。 3時間という上映時間もこの映画のヒットの意外性とセットで語られる。個人的に3時間という時間は長すぎるとは感じたが、ただこれが2時間半だったらここまでのヒットにならなかったのではないかと感じる。「3時間の映画で見応えがある」という火種から、「3時間もの尺がある映画が客を動員している」と発展したことが、さらに相乗効果で大ヒットにつながったと思う。3時間という驚きの効果が大きかったのだろう。

<オススメの作品>
『残菊物語』(1939年)

『残菊物語』

残菊物語
監督:溝口健二
原作:村松梢風
出演者:花柳章太郎/森赫子/河原崎権十郎/梅村蓉子/高田浩吉

若い歌舞伎役者が、奉公人の女性と恋に落ちるものの、身分の違いから周囲に反対され家を飛び出し、どさ回りの大衆演劇に身を落とすことになる物語。『国宝』でもまさに同様のシーンがあった。溝口健二監督の代表作で、溝口の代名詞であるワンシーン・ワンカットが多用された作品。長回しのため緊張感がものすごく、カメラの動きも目で追ってしまう。撮影や演出は素晴らしいが、女性が男性に尽くすという展開が、いまの若い女性にはどう受け止められるか気になるところ。

『鶴八鶴次郎』(1938年)

『鶴八鶴次郎』

鶴八鶴次郎
監督:成瀬巳喜男
出演者:長谷川一夫/山田五十鈴/藤原釜足/大川平八郎/三島雅夫/横山運平/中村健峰

成瀬巳喜男監督の芸道もの。鶴八と鶴次郎は幼い頃から一緒に舞台に上がっていた、男女の新内節を語る芸人。彼らは心の中では互いに信頼し好意も抱き合っていたが、いざ芸事の話となると、言葉の激しさによって喧嘩別れもしてしまうほど激しくぶつかり合う。長谷川一夫と山田五十鈴の丁々発止が凄まじい。ラストは悲恋とはいえ、『残菊物語』とはまったく違った身の引き方で、こちらの方が泣けるかも。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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