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1話イラストB

こんな時間にかけてる電話 第5回

23時54分。この世界の何処かから聞こえる、誰かと誰かの真夜中の通話劇。

誕生日の元カレと、それを口実にする元カノ

「もしもし?」
「あ……、もしもーし」
「久々―。どしたの?」
「あ、いや、ちょっと……。久しぶりに、電話してみた」
「あ、へえー、ありがと」
「うん。いま、外?」
「あ、うん。ベランダ」
「ベランダ? ごめん寒くない?」
「いや、そんなに。大丈夫」
「そっか」
「うんうん」
「あのー……」
「うん」
「誕生日、おめでと」
「え? ああ。ありがとう。え、そのために?」
「いや、なんか、ふと思い出して。そしたら、偶然、あ、誕生日だーって」
「えーサンキュサンキュ」
「……元気?」
「うん。元気元気―。そっちは?」
「元気だよ、ありがと」
「えー、いつぶりだろう。コロナ前だっけ?」
「うんうん。五年前」
「そっかー、そんな前かあ、懐かしいなあ」
「うん……」
「え、元気なくない?」
「え? あ、そう……?」
「うん。そっちから電話してきたのに、テンション低いなあって」
「あー、いや、なんか、声聞いたら、やっぱり、申し訳なかったなって」
「え、何が?」
「いや、こんな図々しくさ、誕生日だからって、口実みたいに電話したのよくなかったなって」
「えー全然嬉しいのに」
「本当に?」
「うん。久々に声聞けたし、嬉しいわ」
「えー……、いい人すぎる」
「えーなんでよ」
「だって、ひどいことしちゃったし」
「ええ?」
「なんか、あまりにひどいことしたから、もう許されないだろうなって」
「ええ……?」
「こうやって、電話出てくれてるだけでもありがたいのにさ。いい人すぎるなあって」
「……」
「だから騙されちゃうんだよー、とか言って、あはは。あ、ごめん、今のは、お前が言うなって感じだよね。ごめん」
「いや、いいんだけど、その、何の話?」
「え?」
「いや、ごめん、ひどいことしたとか言ってるから。なんだっけー?って」
「え、忘れたの?」
「いや、忘れたっていうか、その、なんか、そんなのあったっけ?」
「ええ? まじ? 本当に言ってる?」
「いや、まじ。あんま自覚ないのかな、俺。何か、された?」
「え……待って、本当に、本気で言ってるの?」
「うん。ごめん」
「いや、いいんだけど、ええ、本当に? 何も覚えてないの?」
「いや、何? 俺、なんかされた?」
「いや、ほんと、え、ひどすぎたから。全部、全部だったから」
「全部って何が」
「え、だから、他の人と、勝手に私が浮気っていうか付き合ってて、そっちに乗り換えるってなって、でもその人には借金あって大変だから、私が妊娠したってことにして堕ろすためのお金よこせって言ってお金もらって、そこから私が一方的に連絡切って、そのまま」
「え待って待って待って、多い。多すぎる」
「え」
「多すぎるし、ごめん、怖い。俺、それ一個も知らない」
「え!?」
「むっちゃ怖いんだけど。むっちゃ怖いのに、もっと怖いのがさ、それさ、多分、人違いだよ、俺じゃないよ」
「え!?」
「だって俺、お前のこと、俺からフッたじゃん。カラ館で。他に好きな人できたって」
「え!?」
「え覚えてない? 秋にさ、カラ館行って、ヒゲダンの『pretender』を3回連続で歌ったじゃん」
「あ、それは覚えてる」
「でしょ? その後、フッたじゃん」
「あ、全然覚えてる。フラれた。こいつ何ヒゲダンでイイ話風に別れを誤魔化そうとしてんだって思った」
「でしょ? ほら。その時、そんな話した? 浮気とか妊娠とか」
「してない」
「ほら、してないじゃん。え、こわ。え、待って、まじで怖いんだけど。だって、それ他の人にやったってことでしょ?」
「え、ごめん待って。え、私ちょーやらかしてるなこれ、まじでごめん」
「いや、やらかしてるっていうか、すげー怖いよ今。え、そんなことしたの? 他の人に?」
「え、待って、ごめん、え、ちょっとどうしよ。え、ごめん、忘れて? 1、2、3、ポカンして?」
「無理無理無理! 無理でしょ、凶悪すぎるでしょ、やったことが」
「えええほんと無理。無理だ。最悪、勝手に最悪な部分見せちゃった。最悪すぎる」
「いや、本当、え、まじでそんなことしたの? ひどすぎじゃない?」
「えーやっば! まじ、うわ、最悪だこれ。うわー!!!!!!!!!」
「叫ぶなようるさいな」
「えー……、ちょっと、本当にごめんなさい……」
「いや、怖い。なんもしてないのに、勝手に凶悪なとこだけ見せられちゃってるって今。まじで。それに、元恋人を人違いをするって、それだけでもよほどのことじゃない?」
「あ、うん、それも、本当にそう。ひどいよね、ごめん。むしろそっちで落ち込まなきゃいけないのに、今ちょっと自分の最悪な部分を見せてしまったことへのダメージがデカすぎてそれどころじゃない」
「いやいろいろ最悪だよ。俺が騙されてなくてよかった〜くらいしか感想がないよこれは」
「うん、ごめん。ごめんなさい」
「いいんだけど。それに俺、誕生日まだ来てないからね」
「え?」
「LINEで登録してる誕生日、前日にしてるから。本当は明日だから。それも覚えてないでしょ」
「最悪の最悪じゃん。ごめん」
「いやこっちが騙したみたくなっちゃったから別にいいんだけど、誕生日については」
「いや、うん。……あ、待って、日付変わったよ?」
「え? あ、本当だ! やば! ごめん電話きる!」
「えなんで?」
「彼女いま、家にいんの! 日付変わった瞬間を最悪な元カノとの電話になっちゃってんの今!」
「え修羅場じゃん」
「本当だよ修羅場製造機すぎるよお前!」
「わ〜ごめんまじでごめん! でも誕生日おめでとう!」
「うれしくないわもう! でもありがと! じゃね!」

次の誰かの23時54分へ続く

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ライター紹介

カツセマサヒコ
1986年東京生まれ。2014年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は累計14万部を超える話題作となり、翌年に映画化。2作目の『夜行秘密』(双葉社)も、ロックバンド indigo la Endとのコラボレーション小説として大きな反響を呼んだ。他の活動に、雑誌連載やラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM 毎週木曜28:00~)のパーソナリティなどがある。

【Instagram】:katsuse_m
【X】:@katsuse_m
こいけぐらんじ
画家、イラストレーター、音楽家
愛知県立芸術大学油画専攻卒業。2010年頃から漫画の制作を始め、「うんこドリル」シリーズ(文響社)のイラストや、OGRE YOU ASSHOLEのアニメーションによるCM制作など、活動の場を広げている。また、バンド「シラオカ」ではVo./Gt.を担当。

【X】@ofurono_sen
【Instagram】guran_g
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