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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第109夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『きみの鳥はうたえる』(2017年)
『夜明けのすべて』(2024年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

三宅唱監督の世界

三宅唱監督の『旅と日々』がロカルノ映画祭で最高賞を受賞した。11月7日から全国公開となる。試写で拝見したが、実験性と味わい深さが共存していて、とても良い作品だった。

原作はつげ義春。主演はシム・ウンギョンで映画の脚本家の役だ。彼女がハングルでノートに構想を書きつけているシーンで、ホン・サンス監督の『リスト』や『3人のアンヌ』を思い出した。物語の在り方もちょっと似ている。その辺りの独特な構造が、ホン・サンス好きの人にもぜひ薦めたい作品だ。

シム・ウンギョンは部屋で言葉について考える。わたしも職業柄、映画に関わる言葉を相手に悪戦苦闘しているので、他人事と思えないシーンだった。修飾語を連ねても核心の周縁をグルグルと回るばかりで、無用な形容詞が並ぶ。的確な言葉を必死に頭の中の落ち葉の山から掻き出そうとして、手探りばかりしている。この映画ではウンギョンが恩師の古いフィルム式カメラを貰い、電車の路線脇の部屋から、走ってきた電車に向かってシャッターを押す。猛スピードで連続して動いていくものから、一瞬を切り取るのは言葉を捉える行為のメタファーとして、とてもふさわしいものだった。

本作は後半ものほほんとしていて、深い雪の中をウンギョンが歩いていく不器用さも微笑ましい。なんだかとてもリラックスして観られる映画だった。

三宅唱監督の長編2作目となる『Playback』(12年)は、初公開の際に2度観たきりだが、繰り返しと差異が奇妙で面白い実験作のような映画だった。その後の三宅監督の路線がドラマティックになっていくことを考えると、『Playback』などの初期作は別人のような異質な映画だ。『旅と日々』が実験的といっても、わかりやすいエモーショナルなドラマはある。

2018年の『きみの鳥はうたえる』は夏の函館の、ブルーを基調としたフィルムの色も、空中をたゆたうような心地良さのある映画だった。撮影は四宮秀俊カメラマン。クラブで、飲み屋で、複合遊戯施設で、朝まで飲んで遊んで、明け方の空が暁光を帯びてきた中を帰宅する、青春の時間がある。物語は函館郊外の書店で働く“僕”が、ひょんなことから同僚の佐知子と関係を持つ。“僕”が一緒に暮らす失業中の静雄と三人で夜ごと遊びに行き、けだるく昼のバイトをこなす。しかしそんな楽しい時間はずっと続かず、“僕”と静雄と佐知子の関係性が自然とバランスを崩していく。

この作品の浮遊感はとても気持ちが良い。三人の関係性も決して緊迫した演出はされていなくて、観客の心の負担にならない壊れ方をしていくのが見事だった。

続く三宅監督の『ケイコ 目を澄ませて』は、一転してオレンジを基調とした色使いが特徴的だ。月永雄太カメラマンによる16mmフィルムを使用した、ザラついた画面は荒川の町並みや冬の日差しにとても合っている。耳が不自由な女性ボクサーの実話を基にしたフィクションで、手話や字幕の使い方を場合によって変えていて、その創意工夫が良かった。同居している聴覚者の弟との手話でのやりとりは、字幕が入って我々にも内容が理解できる。しかし耳が不自由な女友だち同士とのやりとりはもはや字幕も何もなく、我々は内容もわからないまま、手話で会話が弾んでいることしかわからない。それでも話が盛り上がっていることは伝わってきて、楽しげで気にならないのだ。

24年の『明日のすべて』は、職場と病気を扱った映画だ。PMS(月経前症候群)のせいで月に1度感情が爆発してしまう藤沢(上白石萌音)。同様に、転職してきたばかりの山添も、パニック障害を患い、世を拗ねて意気消沈している。しかし上司をはじめ、理解ある人々に囲まれた職場で藤沢は山添の苦労を察し、彼も藤沢の抱えた病気を思いやれるようになっていく。『旅と日々』もそうなのだが、男女が主役で登場しても、恋愛の面倒くささに発展せず、友愛の感情で親しくなっていくところが、三宅監督の演出の巧いところだ。

<オススメの作品>
『きみの鳥はうたえる』(2017年)

『きみの鳥はうたえる』

監督:三宅唱
原作:佐藤泰志
出演者:柄本佑/染谷将太/石橋静河/足立智充/柴田貴哉/水間ロン

原作は函館出身の作家、佐藤泰志による小説。佐藤は1990年に41歳の若さで自死している。主人公の“僕”を演じる柄本佑の飄々とした姿。静雄と佐知子と三人で遊び、佐知子との恋人か友人か判然としない関係性を保っている夏の間が、長く続かないとわかっているだけに心地良い。周囲から責任感のなさを責められがちな“僕”が、最後に突発的な決断を見せる鮮烈さが記憶に残る。

『夜明けのすべて』(2024年)

『夜明けのすべて』

夜明けのすべて
監督:三宅唱
原作:瀬尾まいこ
出演者:松村北斗/上白石萌音/渋川清彦/芋生悠/藤間爽子/久保田磨希/足立智充

PMSで悩んでいる若い女性は多いだろう。体調はもちろんのこと、情緒不安定になってしまうのが自分でも止められないのが、いったいなんなのかと思ってしまう。パニック障害も電車に乗れなくなるなど、生活に支障が出てつらい病気なのに、理解のない人からは“気の病”と軽く見られたりもする。そういった当人たちの苦しみに焦点を当て、そんな人々が生きやすい理想的な職場を描いた映画だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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