
散歩 this way -04-
得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。
「夏散歩」
夏は散歩のハイシーズン。というか散歩は年中ハイシーズン。年がら年中散歩は魅力的。
夏散歩の持ち味のひとつはもちろん「暑さ」だろう。ここ数年は特にとにかく暑くて絶え間なく汗が噴き出る。散歩を始めた年の夏はこの暑さがしんどかった。しかし、しんどい中でも散歩せずにはいられなくて、散歩をしていないと自分を保っていられなくて、いろんな理由が重なって、ぜーぜー言いながらも散歩を続けていたら、ある日突然体が夏とぴったりひとつとなって目の覚めるような瞬間があった。そこからは暑さがまったく嫌ではなくなり夏散歩の虜に。いや、野外で行われるライブに出る時は結構敵視しているかも……。お願いだから陰ってくれと。
日傘や水分、冷えるグッズを携えて夏の空の下を歩き回り、汗だくになりながら家に帰ってきて風呂やシャワーに入ると爽快さが限界値を突破。「気持ちよすぎる!!」と床に寝転び、力が抜け切った体から小さく漏れるスースーという呼吸音をしばし聴くのが至福の時間である。暑さがあるから涼しさがあるんだと実感。散歩に出るたび着替えることになるので、夏の洗濯物は常に大量。すぐに乾くのを見て、太陽の光は強すぎると思う。信じるならば太陽にしたい。
このことを人に話すと「サウナみたいですね」と言われることがある。たしかに!ととのいと構造が似ている。ととのいも出来るなんて散歩の可能性は無限大。サウナも好きだけれども、散歩はなんといっても景色が流れていくし、知らない路地などにも入っていけるし、夕立にあって雨宿りしたり、木陰を見つけて入ったり、固定型のサウナとはまたちがう良さだなあ、と好きなもののすべてを肯定してしまう散歩厄介になりつつある。
あと、服を着ていられるというのも結構大きいポイントだ。気づいたら街中で全裸になっていてめちゃくちゃ焦るという夢を割と頻繁に見ることから若干の全裸・露出恐怖のようなものがあり、着衣状態で居られることへの安心感が強い。全裸や薄着は不安。この気持ちはいつか変わるのか。ビキニで砂浜に寝転んだ時は最高の気分だったからあともう少しとは思う。人は案外いきなり恐怖を克服する。いくつになっても。なにごともいつなんどきであっても気軽にやってみるものだと言い聞かせている
炎天下の中を歩きながら、みんな言う通り、やっぱり夏は段々暑くなっているんだろうなと思う。ただ、今年は去年に比べて暑くない気がするのだけれど気のせいだろうか。私が夏と一体化しすぎているのだろうか。毎日散歩していると去年よりも暑い日が少ないような感覚がある。暑い暑いと語り合う中で「今年はそうでもなくないでしょうか?」と切り出すのは勇気がいる。
いや、ただ単に体力がついちゃったのかもしれない。ライブでハンドマイクで歩き回ったり、体を動かしながら歌うようになって1年も経つしな。この間久しぶりに、なかやまきんに君のYoutubeチャンネルにある筋トレ動画を実践してみたところ、難なくこなせるようになっていて驚いた。以前は息も絶え絶えに乗り切っていたというのに。
余裕を持って響かせていた蝉の鳴き声が日を追うごとに段々とはげしくするどくなってきて、夏の終わりを知る。日が暮れるのも早くなり、青空の色より夕日の色の方が印象に残る。
昼間もいいけれども夜もまたいい。なんといっても日差しがなく、日焼け止めをつけたり日傘を持ち歩く必要もないので昼間よりも断然お手軽。夏祭りや花火大会、どこかに遊びに行った帰りの人たちを見ると自分も行った気になり得を感じる。目的もなく、夏の夜で気温が良いからぶらっと外に出たような軽装の人々がスマートフォンの光に照らされながらあてもなく歩いている姿にも惹かれる。スマートフォンを見つめすぎていてもなんだか良いと思う。
昼と同じく夜もほぼ毎日歩いていて、やはり去年よりも熱帯夜が少ない気がする。雨があまり降っていないせいかも。あと理由として考えられるのは、部屋についていたおそらく25年は時を経たと思われるエアコンと共に暮らしていたからか。19度で稼働させていても室温は29度だった。最近いよいよ難しそうな雰囲気を醸し出していたので交換してもらい、うれしすぎてよくエアコンを見つめている。室温がぐんと下がって、その快適さが熱帯夜を忘れさせているのかも。新しいリモコンはすべすべしていて気持ちいい。エアコンもいいけれど、残り少ない夏をぐいぐい歩いて今年の暑さを覚えておいて、来年に今年の話をしたい。
