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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第106夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『宝島』(2019年)
『リンダとイリナ』(2023年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

苦手な夏とギョーム・ブラックのバカンス映画

夏が苦手で、昼間に路上を歩いているときに汗をダクダクかきながら、途中で耐え難くなって「ギャア~ッ!」と叫びだしそうになる。長い道の途中では(もうこれ以上、前にも後ろにも進めない……!)と進退窮まって、出来れば立ち止まってメソメソ泣きたくなってしまうことすらある。こうやって書くと異常すぎるが、本当に暑さがダメで、出来れば夏の間はずっと家に引きこもっていたいくらいだ。実際に暑くなってからはネットスーパーばかり利用しているし、出かけるときには日傘は当然のこと、手拭い2枚にハンディファンや汗拭きシートなど、準備万端整えてからじゃないと、恐ろしくて外出できない。ほとんど神経症である。

仕事柄、家でクーラーに当たって涼みながら原稿を書くことが多く、会社員の方々のように毎日出勤しなければいけないわけではないので、本当に助かってはいる。ただやはり試写室通いはしなければならないので、汗っかきのわたしは他の方と比べても、頭や顔中から噴き出した汗を滴らせて、異様な風体で試写室入りしている。クーラーが効きすぎという感覚も若い頃はあったが、今はもうただ涼みたいので、昔のように「夏場は冷房対策でサマーカーディガンを持って歩く」ということすらなくなってしまった。結局加齢なのか?

バカンス映画を観ていても、(暑いのによく行くなあ……)と内心ちょっと恐怖もあるのだが、ギョーム・ブラックの映画は面白くて気にせず何度でも観られてしまう。特に『宝島』というドキュメンタリー映画が好きだ。夏の河の浅瀬に作られた遊泳区域。巨大な滑り台などの遊具もあり、夏の間は水に入って涼もうとする人々で鈴なりだ。少し離れた所にはカヌーなどもあって、家族や友人連れの人々が監視員の指示の下、軽い船旅を楽しんだりしている。監視員の若い青年にとっては、カワイイ娘をナンパする絶好の場にもなっている。

しかし川べりに張り巡らされた金網の隙間や上、または木立の合間から侵入して、遊泳禁止区域で泳ごうとするならず者たちと、警備員の攻防もある。子どもは親と同伴でなければならないのに、どうしても子どもたちだけで、何度も侵入を試みる集団がいてちょっと微笑ましい。ただ、本当に子どもだけで泳ぐのはどんな浅瀬でも危ないので、油断はしないで欲しいと思う。

ギョーム・ブラックは現代のエリック・ロメールと形容されたりするように、演出が自然だ。役者が全然芝居がかっていないので、劇映画であってもドキュメンタリーを観ているようだし、逆に最近のドキュメント作品も、どこまでが真実でどこから演出要素が入っているのか、まったくわからない。本当に不思議な瞬間を切り取る監督だ。

劇映画である『七月の物語』は、2話構成になっていて、1話目は女の子二人が休日に海へ出かける話だ。だが片方の女の子が監視員と良い雰囲気になり、もう一人の女の子は居心地が悪くなって別行動をとることにする。そして林の中を散歩しているとき、突然フェンシングの練習をしている男性に出会い、なぜか彼からフェンシングを習うことになる。もう1話は2016年7月14日のニースの花火大会を巡る話である。記憶力の良い方なら、この日のこの場でイスラム過激派によるトラックテロが起こったことを思いだすだろう。男女の些細な諍いを描いた物語に、このショッキングな出来事が関わってくる秀作である。

<オススメの作品>
『宝島』(2019年)

『宝島』

監督:ギョーム・ブラック

パリ近郊の街セルジー・ポントワーズにある、レジャー施設でのひと夏を追ったドキュメンタリー。遊泳区域はバカンス客で溢れ返り、周囲には緑が溢れた美しい景観が広がる。黒人の少年と幼児の兄弟が、仲良く言葉の勉強をしたり、かくれんぼをしたりする姿が微笑ましい。また白鳥を呼び寄せて、鳥と静かに水泳を楽しむ老人は、若い娘を下心なく五つ星ホテルの自分の部屋に泊めた話をする。そんな様々な人に溢れた楽しい施設も夏の終わりが近づくと、ブイも片付けられて、秋の訪れとともに静かな河へと戻っていく。

『リンダとイリナ』(2023年)

『リンダとイリナ』

監督:ギョーム・ブラック

ギョーム・ブラック監督が手がけた、38分の短編ドキュメンタリー。これも劇映画としか思えなくて、いったいどのように撮影しているのか不思議でしょうがない。

フランス北部の町エナン=ボーモン。もうすぐ夏休みになる高校では、親友のリンダとイリナがTikTokを撮ったり、色々と悩みを話し合ったりしている。しかしこの夏、リンダは引っ越すことが決まっていた。2人は親友のようだったが、リンダは引っ越しとともに人間関係は断つという自分の主義について語り、イリナは複雑な表情になる。もうすぐ別れる友人同士も、最後は楽しいはずの海へのバカンスに出かけるのだが、どこか憂いが漂ってしまう。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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