
「映画でくつろぐ夜。」 第104夜
知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。
「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」
自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。
■■本日の作品■■
『家族を想うとき』(2019年)
『あんのこと』(2023年)
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。
各国の世知辛い映画
9月公開のイギリス映画『バード ここから羽ばたく』を試写で面白く拝見した。しかし人物設定に最初戸惑ってしまった。以前、ここでも取り上げたことのあるバリー・コーガンが登場するのだが、実年齢32歳の彼が、12歳の少女の父親役であり、役柄上は28歳だった。つまり16歳で父親になった設定なのだ。驚くのはさらに長男もいて、その年齢が14歳。なんと14歳の時に父親になった物語で、日本人だとそれを飲み込むのに少し時間がかかってしまうかもしれない。
主人公の12歳の少女ベイリーはアフリカ系イギリス人の血を継いでおり、14歳の兄ハンターは異母兄である。シングルファーザーのバグ(バリー・コーガン)に育てられているが、ハンターもベアリーも学校に行っている気配がない。バグは現在の彼女と結婚式を挙げると突然言い出し、カエルが出す分泌液のドラッグの売買で、式の費用を捻出しようとしている。彼らが住んでいる団地は落書きで埋め尽くされており、荒廃している。
以前フランスの団地映画について書いたことがあったが、やはり実在するそれらの地域は物見遊山で行ってはいけない危ない区域だ。荒れているので旅行者はどんなトラブルに巻き込まれるかわからない。『バード ここから羽ばたく』はイギリス映画だが、長男のハンターも近隣に住む友人たちと自警団を結成していて、DV男に暴力で制裁を加える活動をしている。
イギリスの貧困について描いた監督ではケン・ローチが世界的な名匠として知られている。代表作に『ケス』『わたしは、ダニエル・ブレイク』といった作品があり、近作の『家族を想うとき』も痛切でとても遣る瀬無い映画だった。イギリスのニューカッスルの賃貸に住むタッキー家。父親のリッキーは、宅配のフランチャイズの仕事を始めることにする。妻アビーはただでさえ借金があるのに、リッキーが配達用の車をローンで購入すると言い出し、不安そうな顔だ。アビーも介護福祉士の仕事をしており、彼女の一日14時間に及ぶスケジュールを聞いた顧客は、「労働基準法はどうなっているの?!」と驚く。
日本でも宅配の仕事はいかにもハードそうだが、この映画でもちょっと遅刻しただけでペナルティが課され、休みを取ることも許されない。リッキーはいつか賃貸住宅から脱却するのが夢だが、それ以前に今の家に暮らし続けるのさえ難しそうな窮地に立たされてしまう。あまりに非情な仕事のノルマは、日本でも他人事ではないだろう。
ベルギーで貧困問題に焦点を当てる映画監督では、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟がいる。『サンドラの終末』は体調不良で休職していたサンドラが、突然解雇を言い渡されることから始まる。会社に不服申し立てをしたところ、サンドラは仕事仲間たちに、みんながボーナスを返上してサンドラが復職するという投票を、頼まなければならなくなる。
他にもダルデンヌ兄弟の映画では、幼い少女であっても貧困に苦しむ。カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『ロゼッタ』では、主人公のロゼッタはトレーラーハウスでアルコール依存症の母親と暮らしている。彼女は食べ物を手に入れるために池に罠を仕掛けて、魚釣りもしている。なんとか仕事を見つけたいロゼッタは、友人を裏切ってまでもワッフルスタンドで働き始める。時に生理痛に苦しみながらも、彼女はなんとか仕事を維持したいと思うが、生活の苦しさや、友を裏切った精神的苦痛で追いやられていく。
日本映画でも『あんのこと』は実話を基にしていて、とても世知辛い作品だった。いま現在でも大久保公園の辺りは、売春のために女性が並ぶようになっていて、この映画は絵空事ではない。母親から売春を強要され、まともな学習も受けずに育ってきた少女あん。身柄を保護され一時は光明が見えるが、ダークなラストへともつれこんでいく。救いのない映画で、不況もあってこれから増えていくだろう、日本の暗部を明らかにする作品だった。
<オススメの作品>
『家族を想うとき』(2019年)
『家族を想うとき』
監督:ケン・ローチ
出演者:クリス・ヒッチェンズ/デビー・ハニーウッド/リス・ストーン/ケイティ・プロクター
落書きは荒廃の象徴で、父親のリッキーの仕事が忙しすぎて、家庭を顧みる余裕がなくなると、長男は学校へ行かなくなり、仲間と街角で落書きをするようになる。さらにスプレーを万引きして警察に捕まり、リッキーは息子を引き取りに行かなければならなくなって、仕事に穴を開けてしまいペナルティを科される。幼い娘も家族の不和を感じて、おねしょをするようになっていき、家庭はボロボロになっていく。しかし仕事を辞めれば借金が残るだけだ。この家族の幸せはどうすれば訪れるのだろうか。
『あんのこと』(2023年)
『あんのこと』
監督:入江悠
出演者:河合優実/佐藤二朗/稲垣吾郎/河井青葉/広岡由里子/早見あかり
売春をするうちに覚醒剤を打たれて中毒になっていたあん。家庭では母親から暴力を受けており、売春を強いられて金をむしり取られている。母親は泥酔して若い男を家に連れ込むなど、家庭環境は最悪だ。しかしある刑事との出会いによって、あんは覚醒剤と手を切り、仕事を手に付けて、家を脱出することが出来るのだが……。母親があんのことを「ママ」と呼ぶ倒錯がこじれた母子関係を際立たせる。
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