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アートボード 1

散歩 this way -03-

得難い世界観で溢れる音と歌詞が、音楽ファンから注目を集めているシンガーソングライター/詩人の柴田聡子が綴るエッセイ。
テーマは趣味であるという「散歩」。本人が実際に撮影した写真とともにお楽しみください。

「クールダウン散歩」

 およそ1年ぶりのバンドセットでのツアーがスタートした。

 ツアーの初日というのものはなんとなくいつも忙しい。今回は札幌から始まったので、朝早めに飛行機でブーンと移動して、新千歳空港から車でブンブン走る。ライブ会場に着いたら演奏の準備をして、ちょっとお弁当を食べたりして、そこからリハーサルを時間の許す限り行う。開場時間中少し休んで、さっき確認したことを思い出して、なにか脳みそが動きそうなものを食べて、化粧をして、緊張してレコードをみんなで聴いたりして、トイレに行って、雪崩れ込むようにしてスタート。始まるとあっという間に終わりが来る。ライブが終われば即座に全てを片付けて車に荷物を積み、食事をしたりしなかったりして、解散。こういう経緯で宿に帰ると当然興奮が冷めていなくてしばらく眠れない。音や歌詞、光景が次から次へと頭の中に浮かびとても騒がしい。ツアー初日だけでなくライブがあった日は大体そうだ。年々この昂りの収まりが悪くなっている。夜にライブがある時は特にその傾向が強い。

 こういう時、クールダウン散歩に助けてもらう。概念だけになってもまだ体を巡り続ける元気にまかせてぷらぷら外に出る。大量に汗をかいたせいか体がちょっと軽いことに対して「エネルギーが出ていったのかな」などと夢みがちなことを思う。足取りはふわふわしている。一歩一歩の踏み出す速度がやたらと遅い。楽しくて寂しくて満たされていて悲しい。つまりとても変な気分である。

 冬場は、ぱらぱら散らばっていきそうな身を夜の寒さがキュッと引き締めてくれる。その状態にコンビニや自販機で買ったあたたかい飲み物を流し込むと一気に力が抜けてホッとする。しかし夏はそれに見合う行動がなかなか無い。街に残った暑さで延々と自分の中身が溶け出し空の容器になるような感覚。それでも楽しい。そして寂しい。どこまでも歩けそうで、今すぐ倒れそう。逆の感覚がひっぱり合い面白い。そして悲しい。

 先ほど、コンビニや自販機で買い物をすると書いた。小さめのペットボトル飲料、ブラックサンダー一個、ピノ、ヤクルト、など小さいなと思うものを買う。500mlのペットボトル飲料、アルフォート一箱、チョコモナカジャンボ、飲むヨーグルトなど、フルサイズ感のあるものはなぜか買えない。普段はたくさん食べるし飲むのにこの時は不思議とそれが出来ない。胸がいっぱいで余白が無いのかもしれない。胸がいっぱい、という現象の実感があることに毎度驚く。

 買ったものを携えてぐるぐる歩く。時間は20分から1時間くらいと幅がある。興奮が冷めてくるか、体力が限界を迎えるかどちらかが帰るきっかけになる。自宅に帰る日は近所をぐるぐる。宿に泊まる日はそのまわりをぐるぐる。慣れていない道はどこでもちょっと怖い。けれども何時になってもどこへ行っても人はいるのだなと思う。野原の真ん中も山の中も、さすがにここには居ないだろうと踏んでもどこからか人がやってくる。私もそのひとり。

 散歩をしながら、一緒にライブを作っている方々や観に来てくれた友人、家族に返信・連絡することも多い。ただ、「ありがとうございます!!」「うれしかったです!!」くらいしか言葉が出てこない。絵文字についても考えすぎてしまって、泣いている顔と手を合わせているものしか使えない。本当の気持ちを伝えようとすればするほど言葉が少なくなっていく性質が顕著になっているを心配している。伝える努力、足りてるか。いつからか長い手紙を書けなくなったのも気になる。

 その日のうちにライブの録音をもらえることもある。それを聴きながら歩くと、リズムをとったり、頭を抱えて反省したり、小さく練習したり、思い出し笑いをしたりもする。こういった行為がそこまではっきり見えないので夜は良い。

 へとへとになって家や宿に帰ってくる。風呂に入って寝る準備をしていっても興奮の切れ目がわからないのでどきどきする。眠れなかったらどうしよう。安眠に向けいちばんやってはいけなさそうな思考である。クールダウンするどころか歩いてさらに興奮物質を放出しているのかもしれない。だとしてもこの変な気持ちの散歩をやめられないだろうな。なにかの拍子で、直進していた線上を外れた時間の中を歩いている感じが素敵だと思う。

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ライター紹介

柴田聡子
シンガー・ソングライター/詩人
1986年札幌市生まれ。武蔵野美術大学卒、東京藝術大学大学院修了。2012年に1stアルバム「しばたさとこ島」を発表。2016年に初の詩集『さばーく』を上梓し、第5回エルスール財団新人賞・現代詩部門を受賞。楽曲提供やドラマ出演など、多岐にわたり活躍。

2024年リリースのアルバム『Your Favorite Things』がCDショップ大賞2025大賞<赤>を受賞。2025年、シングル『Passing』をリリース。文を手がけた初の絵本『きょうはやまに』(絵・ハダタカヒト)の単行本を上梓。

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