
「映画でくつろぐ夜。」 第98夜
知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。
「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」
自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。
■■本日の作品■■
『呪いの館 血を吸う眼』(1973年)
『ヴァンパイア/最期の聖戦』(1998年)
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。
吸血鬼幻想 古今東西のヴァンパイア映画
吸血鬼映画はいつも多大な期待を抱いてしまう。元々ゴスな育ちというのもあって、幼い頃から黒いマントをはおり、牙から血を滴らせる吸血鬼に魅了されてきた。ただ、ゴスはなかなか長続きさせるのが難しいというのも年齢を経てわかってもきた。あまりに美学が過ぎて、ゴスと名乗っているのが気恥ずかしくなってくるのだ。ティム・バートンがそういったゴシックな映画を撮らなくなってきたのも、恵まれたハリウッドの生活との乖離が大きいのだろうなあと、なんだか想像できる気がするのだった。
ロバート・エガース監督は『ウィッチ』『ライトハウス』で注目を集めた監督だ。多作ではないが、静謐なタッチで恐怖や狂気に迫る作風がすぐさま高く評価されて、いまや新作が大きな期待を持って待たれる存在となった。ただ、前作『ノースマン 導かれし復讐者』で自家薬籠中の物に囚われすぎている気配があった。難解で静謐、となるとアート色が強すぎて客を選んでしまうのだ。
新作の『ノスフェラトゥ』は吸血鬼映画であり、わかりやすい作品ではある。元々の物語にわりと忠実に出来ているので、理解はしやすいが個人的には間延びしているように感じた。同じ吸血鬼の話を描いた1958年のハマー・フィルムの『吸血鬼ドラキュラ』は、82分という尺である。それなのにエガース版の『ノスフェラトゥ』は132分。50分も何をしているのだろう。ハマー・フィルムが急ぎ足なのもあるが、エガース版はやはり無駄な問答や脇のキャラクターへの寄り道などが目に付く。
『ノスフェラトゥ』は元々、ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラュラ』を、1922年にF・W・ムルナウ監督がタイトルや吸血鬼像を変えて映画化したもので、ドラキュラとほぼ同じストーリーである。ムルナウ版は原作者親族と著作権で揉めて、フィルムが廃棄されるという憂き目に遭ったものの、残存していたものによって今も観ることができる。1979年にはヘルツォーク監督のリメイク版もあり、ヒロインを演じたイザベル・アジャーニは息を飲む美しさだった。今回のエガース版のヒロインであるリリー=・ローズ・デップは、残念ながらアジャーニの美貌には及ばず、白目を剥いた露悪的な芝居にもちょっと引いてしまった。
1992年にフランシス・フォード・コッポラが監督した『ドラキュラ』は美学に貫かれていて、その細やかさが素晴らしい。カットが変わるたびに驚かされる美術や演出があり、目を離すことが出来ない。合成の画面などの古めかしさもまた、ムードを醸し出していて、美術や意匠を楽しむ映画として一度はご覧いただきたい作品だ。いまの若い人は、老けてからのゲイリー・オールドマンしか観ていないかもしれないけれど、このドラキュラを演じたオールドマンはエキセントリックな魅力に溢れていて艶っぽい。
また、『ドラキュラ』は石岡瑛子の衣装が何よりも雄弁にこの映画の美学を語っている。長い深紅のローブや剥き出しの筋肉のような甲冑。この筋肉を模した衣装は石岡瑛子のトレードマークでもある。『ザ・セル』で石岡瑛子が衣装を担当したとき、やはりこの筋肉のような衣装が登場したのだが、監督のターセム・シンが「これは僕が考えたんだ」と語っていて、厚かましさに怒髪天を突いたものだ。ずっと石岡に衣装を担当してもらい、彼女が展開する世界におんぶにだっこだったシンが、石岡瑛子亡き後、映画を撮れなくなったのもむべなるかなと思う。
<オススメの作品>
『呪いの館 血を吸う眼』(1973年)
『呪いの館 血を吸う眼』
監督:山本迪夫
脚本:小川英/武末勝
出演者:藤田みどり/江美早苗/高橋長英/高品格/二見忠男/桂木美加
日本は吸血鬼映画があまり根付いていないが、中には優れた映画も存在する。それが岸田森を吸血鬼役に迎えた本作だ。痩身でミステリアスな雰囲気をたたえた岸田森は、空前絶後のはまり役だった。映画自体も冬枯れの中の洋館を舞台にしていて趣があり、女性を魔力で誘惑する吸血鬼は妖しい魅力があった。物語につながりのない続編の『血を吸う薔薇』も岸田森が吸血鬼役。女子寮が舞台で、血を吸われる女性が夜間のため、薄衣のネグリジェなのがまた悩ましい。
『ヴァンパイア/最期の聖戦』(1998年)
『ヴァンパイア/最期の聖戦』
呪いの館 血を吸う眼
監督:ジョン・カーペンター
出演者:ジェームズ・ウッズ/ダニエル・ボールドウィン/シェリル・リー/トーマス・イアン・グリフィス
一度VHSが発売された後、権利の都合かまったくソフト化されずにいて観るのが困難になっていた作品。それが今や、配信でこんなに気軽に観られるとは……!またいつ配信終了になるかもわからないので、ぜひ早めに観てほしい。ヴァンパイアハンターとヴァンパイアたちの闘いがメインで、ヴァンパイアが僧院を襲うなど邪悪さ、残酷さが半端ない。それと、クリント・イーストウッド監督作の『ミスティック・リバー』で、劇中のテレビで本作が放映されていたのはどういう意図だったのだろうか。
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