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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第92夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『ワイルド・アット・ハート』(1990年)
『マルホランド・ドライブ』(2001年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

デイヴィッド・リンチはそれぞれの個人史である

この原稿を書いているのは17日(金)で、早朝に出くわした訃報で呆然としたままだ。デイヴィッド・リンチが亡くなった。同時代を生きた、映画を好きで観てきている者にとっては、必ずや思うところのある監督だ。彼の残した作品は、無感情に通り過ぎてこられる映画やドラマではない。羞恥を覚えるほど、どの映画のどのシーンが好きかという記憶が、スティグマのように映画体験として焼き付いているだろう。若い読者にはピンとこないかもしれないが、ぜひ気になる作品は観てほしい。アヴァンギャルドで妖しく、絶対に魅了されるものがあるはずだ。

年齢的にどの作品と最初に巡り会うかは異なるわけだが、わたしは小学生の時に『デューン/砂の惑星』(84年)を劇場へ観に行ったのが最初だ。当時スティングのファンだったのもあって、2回劇場に行った。本作はリンチの中でも、編集権を奪われたために失敗作に終わったと酷評をされがちだが、個人的にはそんなに悪いとは思わない。グロテスクな面白さもあったし、カイル・マクラクランの美貌は今観てもハッと目を引くものがある。

『イレイザーヘッド』(76年)と『エレファント・マン』(80年)はのちにテレビで観た。『イレイザーヘッド』は音楽の印象が強い。頬にこぶのある女性が歌うシーンが好きで、繰り返し観たせいもあるだろう。謎の赤ん坊のような生き物が登場し、これが体調を崩して苦しげにあえいでいる場面が生々しくて気持ち悪かった。

『ブルーベルベット』(86年)は映画館で、椅子に沈み込む感触まで覚えている。空いた劇場でスクリーンの、青空と白い垣根と赤いバラを見つめたこと。お騒がせ俳優扱いだったデニス・ホッパーの、正気かどうかわからない芝居がとてもかっこよく、ディーン・ストックウェルが口パクで歌うシーンの魅力と、それを観る人々の絵画のような構図に打たれた。それは普通ではなかった。この映画で本当にリンチの作風に惹かれた。

『ワイルド・アット・ハート』(90年)も大好きな作品だ。『オズの魔法使』と絡めた内容で、この頃の何をするかわからないニコラス・ケイジの、蛇柄のジャケットの悪趣味さも逆にイカしていた。ウィレム・デフォーのストッキングをかぶって歯を剥き出して笑う顔も忘れられない。ラストの映画的な、非現実的幸福感も感銘を受けた。このエンディングで虚構の映画がもたらす喜悦を知ったと思う。

『マルホランド・ドライブ』(01年)は人生のベストテンに入れたいくらい好きだ。一度観ただけでは訳がわからない演出で、でもどうしようもなく深い悲劇なのは刺さるように伝わってくる。恋愛で裏切られ恥をかかされる絶望も、死にたいほど深かった。劇場で観終わって呆然とする感覚も、心だけでなく身体の記憶として残っている。

長いフィルモグラフィーの間にはヘンな作品もあったりするが(『デュラン・デュラン: アンステージド』はビックリした。これは観なくていい)、ドラマ『ツイン・ピークス』はリンチのライフワークとして、絶対加えなければならないだろう。特に2017年に突然復活した『ツイン・ピークス シーズン3(The Return)』は、全18話すべてが一作ごとの映画のようだった。謎めいていながら、飽かずに繰り返し観られる作品というのは、いかにすごい引力を持っていることか。シーズン3の出演シーンを撮り終えて亡くなったレギュラー俳優も多く、まさに『ツイン・ピークス』を完成させるために、生命が星のように巡っていた感があった。そして、リンチの晩年を飾る傑作として、他の者には真似のできない燦然たる一大巨編として君臨する作品となった。

<オススメの作品>
『ワイルド・アット・ハート』(1990年)

『ワイルド・アット・ハート』

監督:デヴィッド・リンチ
出演者:ニコラス・ケイジ/ローラ・ダーン/ウィレム・デフォー/イザベラ・ロッセリーニ/ダイアン・ラッド/シェリリン・フェン

この映画の、公開当時のインタビューで聞いただけで、正確な引用ではないかもしれない。なので気になる方は探して確認してほしいのだが、リンチが幼い頃、家族旅行でホテルに泊まった際、部屋に入ると男女の客が喧嘩をした気配が残っていた、という。目撃したわけではなく、男女の客であったかも確かではないだろう。しかし人のいた名残というものが、敏感な人間は心霊と感じたりするものではないかと、ずっと曖昧な記憶のままに考えている。

『マルホランド・ドライブ』(2001年)

『マルホランド・ドライブ』

監督:デヴィッド・リンチ
出演者:ナオミ・ワッツ/ローラ・ハリング/アン・ミラー/ジャスティン・セロー/ダン・ヘダヤ

リンチの作品の中でももっとも華があって、謎めいており、鮮やかな幸福感からの後半の転調が激しいインパクトを残す。ナオミ・ワッツはこの映画にふさわしい女優で、オーディションの落選を何度も繰り返し、女優を諦め故郷のオーストラリアに帰国することも考えるほどだったが、本作で一躍ハリウッドの人気女優へと上り詰める。ナオミ・ワッツが自虐的に、売れない女優のオーディション漬けの日々を演じた短編映画があって、スターになるのはたった一枚の薄皮を隔てた運命なのかと震える思いがする。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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