「映画でくつろぐ夜。」 第91夜
知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。
「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」
自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。
■■本日の作品■■
『オカルト』(09年)
『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014年)
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。
どれが一番怖い? 映画とテレビと本のデッドヒートJホラー!
最近、ネット界隈で『イシナガキクエを探しています』『行方不明展』『飯沼一家に謝罪します』という、何か禍々しい空気をまとったタイトルを見かけないだろうか。もしくはもう大流行しているので、すべてご覧になったかたも多いかもしれない。
とりあえず、ホラーブームはまったく火が消える兆しがないジャンルだ。ここ数年は「間取り」ブームで、「大島てる(事故物件を集めたサイト)」に掲載されるような部屋を取り上げる作品が多かった。
この30年近いJホラーブームの中でも、決定的なフェーズの移行を感じる時があった。それが“モキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)”の登場だ。じつは演出が施されているのだが、ドキュメンタリーとして制作されている体裁の作品である。そのため実際に起こった出来事の記録映像かと、視聴者が錯覚してしまう制作方法だ。
先駆的映画として『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99年)などがあるジャンルだが、怖さの点では日本のテレビ番組である、『放送禁止』シリーズ(2003~)が秀でていた。放映は午前2~3時台。夜ふかししていると、不意になんの説明もなく、特別編成らしいドキュメンタリー番組が始まる。だが失踪者の話や、大家族に呪いの疑いがかかる不穏なテーマで、気がつくと厭なものを観たと後悔するような恐怖があった。テレビという規模の小ささや捨てたような時間帯が、「混乱した作品が出来てしまったけれど、とりあえずお蔵入りにせず流した番組」のようなリアリティを生んでいた。現在も寺内康太郎、皆口大地が組んだ『フェイクドキュメンタリー「Q」』というチャンネルが、YouTubeで人気を博しているが、この流れを汲む作風といえるだろう。
そして2023年、Jホラー小説の分野で画期的な本が登場した。『近畿地方のある場所について』だ。一冊の本でありつつ、一人の失踪者の探索をきっかけに、近畿地方にある地域の逸話の集合体となっていて、明瞭な物語の体はなしていない。ある意味散漫なほどにその場所に関する、関連性があるかどうかもわからない文章や記事やイラストが次々と展開していく。
この「起承転結のある物語ですらなくてもいい」怪異譚の集合体というのは、不思議とテレビでも『TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています』の構造が、同調しているように思える。『イシナガキクエ~』はテレビ東京で、新進気鋭の大森時生プロデューサーが手掛けている作品だ。すでにご覧になったかたなら、この「行方不明者を探す体を取った、フェイクドキュメンタリー番組」に対する、「散漫な集合体」という印象はご理解いただけるだろう。視聴者に提示された証拠は散乱していて、明瞭に浮かび上がってくるような真実は見えない。だが微かな線がつながっているようで、超常現象の辺りは説明がつけづらいが、最終的にメランコリックな愛が浮かび上がってくるように見える。
日本映画でモキュメンタリーホラー界のエンターテイナーといえば、白石晃士監督が第一線で活躍を続けている。『ノロイ』『オカルト』といったモキュメンタリーや、去年は劇映画のホラーで痛快作だった『サユリ』も撮りあげている。その白石監督が、今年『近畿地方のある場所について』を映画化することが決まった。ファンにとっては、白石監督がこの「散漫な集合体」をどう処理するか、今から楽しみだ。
それと、『TXQ FICTION/飯沼一家に謝罪します』に演出で参加していた、近藤亮太監督の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』も1月24日から劇場公開される。近藤監督のメジャー映画デビュー作だが、これはオススメしたい。ジャンプスケア(突然の大きな音や映像)で観客を驚かすような、小手先は一切使用していないのが素晴らしい。そしてCGの嘘な幽霊も出てこない。だが幽霊が壁のシミのように現れるシーンもあって、個性的な演出力を持っている。しんしんと、じわじわ恐怖が迫ってくる内容は、この数年でもっとも感心したJホラーなので、ぜひご覧いただきたい。
<オススメの作品>
『オカルト』(09年)
『オカルト』
監督:白石晃士
出演者:宇野祥平/吉行由実/近藤公園/東美伽/鈴木卓爾/渡辺ペコ/黒沢清
白石晃士監督の代表作。観光地で起こった、ある通り魔殺人事件。監督の白石は被害者で唯一の生存者の江野(宇野祥平)にその後を取材するが、彼はスピリチュアルに目覚めているようで、不思議なことを語り始める。信憑性を感じた白石も、次第に江野と友情を深めていき、江野のとある計画に巻き込まれていく。途中で黒沢清監督が、シレッと本人役でカメオ出演している。このラストは白石監督らしいクトゥルフのような無限恐怖を描いているが、偶然にも『フェイクドキュメンタリー「Q」』の「フィルムインフェルノ」が、より洗練された形で、同じ行く果てを描いていた。
『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014年)
『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』
監督:タイカ・ワイティティ
出演者:タイカ・ワイティティ/ジェマイン・クレメント/ジョナサン・ブロー/コリ・ゴンザレス=マクエルスチュー・ラザフォード
突然だが、あまり怖い話ばかりでは居たたまれないので、フェイクドキュメンタリーのコメディの秀作で締めたい。本作はニュージーランドを舞台に、共同生活を送る4人のヴァンパイアに密着取材したドキュメンタリー(の体裁)だ。監督、主演は本作で一躍スターダムを駆け上ったタイカ・ワイティティ。吸血鬼たちといってもどこか抜けていて、チャーミングな笑いに溢れた作品なので、怖いものが苦手な方もぜひ。
※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。