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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第89夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『大人は判ってくれない』(1959年)
『不良少女モニカ』(1953年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

少年少女たちが道を踏み外すときの瞳

12月14日に日本初公開となる『ペパーミントソーダ』(77年)は、少女たちの可愛らしさと、思春期の悩みや危うい好奇心が詰まったフランス映画だ。

女性監督ディアーヌ・キュリスの自伝的物語で、主人公は15歳のフレデリックと13歳のアンヌ姉妹。二人の両親は離婚しており、普段はパリで母と暮らしているが、バカンスの時期になると姉妹は遠くに住む父を訪ねる。二人は同じリセに通っているものの、姉妹という立場と、多感な時期の2歳差によって大きく境遇が異なる。早熟なフランス人らしく、フレデリックは母の許可を得てボーイフレンドとキャンプに行く。しかし旅行中に仲たがいしたらしく、パリに戻ってからは年上の男性に心惹かれる事件が起こるなど、親なら気が気じゃない内容だ。

妹のアンヌは姉ほど勉強もできないし、精神的にもまだネンネで初潮すら来ていない。しかし大人の階段を駆け上がっていく姉を見て、焦燥や疎外感で日々心は傷ついている。そして彼女なりに、姉の経験を通じて覗き見た、人間の心の複雑さに気づき始めている。このあどけないアンヌがあと数年で、すでに一人前の女性の顔になりつつあるフレデリックと同様になるのかと思うと、10代の少女時代はまさにあっという間に咲いて散る、椿の花のようだと感じる。本作はそんな繊細で瑞々しい時期を収めた貴重な映画だ。

『ペパーミントソーダ』は“少女版『大人は判ってくれない』”とも評される。1959年に作られた、フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』は監督の自伝的映画で、ヌーヴェルヴァーグの代表作だ。家庭に恵まれず、厳しい学校でも居場所のない少年アントワーヌ。鑑別所に入れられた彼が、がむしゃらに道を走って海に辿り着き、振り返った表情を捉えてストップモーションとなるラストシーンがとても有名だ。そして『ペパーミントソーダ』も、海を背景にしたアンヌの顔でラストカットとなる。少年と少女を反転させた、意識的な系譜であるのは明らかだろう。

トリュフォーはその後も“アントワーヌ・ドワネルもの”として、主演にジャン=ピエール・レオを据えて、成長譚的映画を5本撮りあげている。ヌーヴェルヴァーグの監督たちは、映画内で他の映画へ言及したり、尊敬する監督たちにオマージュを捧げたりすることが多かった。『大人は判ってくれない』では、アントワーヌと悪友が映画館で映画を観たあと、壁から剥がして盗むスチール写真が、イングマール・ベルイマン監督の『不良少女モニカ』(52年)であるのは、あまりに有名だ。

『不良少女モニカ』は、50年代初頭と思えないほどリアルに青春の苦さを描く。青年ハリイとモニカが愛し合うようになり、仕事や家庭に嫌気がさした二人は、夏の間モーターボートで暮らすようになる。その海上を走っているシーンの最中、不意にモニカが虚ろにこちらを見るカットがある。アントワーヌとアンヌのラストもやはり、彼らはこちらを見て観客と目線が合った瞬間に終わる。まるでカメラのレンズの奥から、我々が覗いていることを察したように。監督がなぜそのような演出をするのか、ついその心理を想像してしまう。答えを知らないのにただ推察するのは難しいが、主人公たちの「ぼく/わたしたちの人生を見届けて」という、真摯な願いを投げかけられた気持ちがする。

<オススメの作品>
『大人は判ってくれない』(1959年)

『大人は判ってくれない』

監督:フランソワ・トリュフォー
出演者:ジャン=ピエール・レオ/クレール・モーリエ/アルベール・レミー/ジャン=クロード・ブリアリ

この映画が『不良少女モニカ』からの影響を示すように、その後の映画で『大人は判ってくれない』へオマージュを捧げた作品もある。レオス・カラックスの『汚れた血』(86年)では、主演のドニ・ラヴァンがデヴィッド・ボウイの『Modern Love』に合わせて走り出すシーンがとても有名だ。この一連の動きは『大人は判ってくれない』のクライマックスで、アントワーヌが少年鑑別所を抜け出して歩道を疾走する姿を、カメラが横移動で並走して捉えるシーンと非常に似ている。

『不良少女モニカ』(1953年)

『不良少女モニカ』

監督:イングマール・ベルイマン
出演者:ラーシュ・エクボルイ/ハリエット・アンデルセン/オーケ・グリュンベルイ/ベント・エクルンド

本作は音のうるささが印象的だ。金属同士がぶつかる作業音、早朝から容赦ないエンジン音、赤ん坊の泣き声と大人たちの怒鳴り声。狭い家に大家族で住むモニカに、それらの音が四六時中襲い掛かって、彼女は逃げ出すことばかり考えている。モニカは奔放で、母性が欠落した身勝手な少女に見えるが、彼女は劣悪な環境で、もう弁が外れそうなところまで我慢してきているのだ。人間らしく生きたいという思いで爆ぜそうになっている少女を、止める言葉はあるだろうか。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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