樹の恵本舗 株式会社 中村 樹の恵本舗 株式会社 中村
ONLINE SHOP
MENU CLOSE
真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第85夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『カモン カモン』(2021年)
『ビューティフル・デイ』(2017年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

ホアキン・フェニックスを観ると泣いちゃう病

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』を試写で拝見したところ、ラストカットで急激に涙があふれて、嗚咽を殺すのが息苦しい状態になってしまった。わたしにとって、本作はとても大事な映画だ。しかしミュージカルやアニメ、ラブストーリー、法廷劇など、多岐に渡る表現は評価が二分するものだと思う。ただ、フランス語のフォリ・ア・ドゥ=「二人狂い」というのが重要で、この映画の幻想的な絢爛さはある二人だけが共有する妄想だと、個人的には感じた。だからあまりに切なく脆い。

そういえば最近は忘れていたが、一時までホアキンが主演の映画を観るといつも泣けてしまって、メソメソしながら劇場を後にしたり、DVDを止めたりしていたなあと思いだした。『アンダーカヴァー』(07年)は正月明けのめでたい一本目に選んで観たのに、暗い映画でおまけに訳もわからず泣けてしまって、一緒に観た夫に「なんで?」と引かれたのだった。

2019年の『ジョーカー』は、個人的にはじつはさほどはまらず、賑やかな映画だという感慨を覚えた。減量など命がけなのはわかるが、器用さが先に漂ってきてしまって、「笑い病」などのノイズも多く、メソッド演技的ではないものに引っかかってしまった。むしろ観ている間は、前年に公開になった『ビューティフル・デイ』(17年)と、とても似た設定だったことに驚いていた。ジョーカーはコメディアンを志してピエロの仕事をしている男で、『ビューティフル・デイ』はつまらぬ殺し屋である。どちらもひどいアパートに住んでいて、認知に障害のある母親と二人暮らしであり、主人公が一人で母の面倒を看ている。2作ともご覧になった方ならこの類似は気になったことだろう。

この時期のホアキンの主演作は立て込んでいる。日本公開は遅れたり、配信のみになったりして、順序はめちゃくちゃなのだが、上記2作の他に、18年度製作作品は『ドント・ウォーリー』『マグダラのマリア』『ゴールデン・リバー』がある。ホアキンは個性派俳優で、昔から基本的に切ない設定が多い。『エヴァの告白』は愛するほどに横暴になってしまう男の話だし、『トゥー・ラバーズ』や『ビューティフル・デイ』は露骨な希死念慮に共鳴してしまう。『ジョーカー』にもそういったシーンはあったが、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の悪ふざけは生々しくて、再びリアルな希死念慮がぶり返している印象を受けた。

2012年の『ザ・マスター』で、ホアキンが演じたのはアルコール依存症の復員兵フレディだ。ホアキン自身もアルコール依存症で、2005年頃に入院施設に入っていた経歴がある。この役に抜擢されたのは、カリスマ的思想家ランカスターを演じた、フィリップ・シーモア・ホフマンの後押しがあったからだった。ホフマンが推薦した理由は「ホアキンが役者として怖いから」だった。ほぼ二人芝居で演技合戦をするなら、対等な力の持ち主でなければ意味がないし面白くない。それがどれほど精神的に疲弊することだろうと、やるならそれしかない。フィリップ・シーモア・ホフマンはブロードウェイでも活動していたので、2012年は役柄について評価の割れた舞台もあった。演劇と映画のためなのか、ホフマンが長年絶っていたドラッグを再度使い始めたのが、2012年だった。『ザ・マスター』の制作にホフマンは深く関わっていたため、亡くなる前年の2013年に麻薬依存の入院治療を行ったのも、この凄絶な映画のためなのかと勘繰ってしまう。

<オススメの作品>
『カモン カモン』(2021年)

『カモン カモン』

監督:マイク・ミルズ
出演者:ホアキン・フェニックス/スクート・マクネイリー/ギャビー・ホフマン/ジャブーキー・ヤング=ホワイト/ウディ・ノーマン

ホアキンの主演映画で、体重変化も特殊メイクもしていない映画は、それだけでホッとしてしまう。本作は内容も、ジャーナリストのジョニー(ホアキン)が、妹から甥のジェシーを預けられ、仕事での旅先に甥っ子同伴で出かけることになる物語。波乱はほんの少しで、あとは何気ない会話劇であり、子どもへのインタビューなども微笑ましい。モノクロの映像も刺激がやわらいで、とても落ち着いて観られる映画だ。

『ビューティフル・デイ』(2017年)

『ビューティフル・デイ』

監督:リン・ラムジー
原作:ジョナサン・エイムズ
出演者:ホアキン・フェニックス/ジュディス・ロバーツ/エカテリーナ・サムソノフ/ジョン・ドーマン/アレックス・マネット

女性監督リン・ラムジーによる、ノワール風味な犯罪スリラー。『ジョーカー』が影響を受けた映画として『タクシードライバー』を連想する人は多いが、やはりあれは『キング・オブ・コメディ』であり、本作こそ『タクシードライバー』を真っ当に継承する作品だ。そうなったのは成り行きなだけで、主人公が行く末に未来を抱いていないのもいい。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

Product

ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
Back