「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第十八夜 老いて輝く人生がいい
今月で38歳になりました。
「いくつですか?」と聞かれて答えたとき、「わか〜い」「見えな〜い」と返してもらえるその高めの声が、明らかに無理しているようで申し訳なくなるこの頃です。
この歳になって思うのは、若さって、そんなにいいものでもない、ということです。
舐められるし、生き急いでしまうし、刺激を求めがちだし、焦りっぱなしだし、何かにならなきゃって思うし、充実させなきゃと思うし、輝いてなきゃいけないと思ってしまうし。「ずっとお若いですよね〜」と気軽に褒めたその言葉は、「じゃあ、この先も若く見られなきゃいけないのか」と、その人に呪いをかけます。
本当は年相応でいいし、歳の取り方がかっこいい人ほど、美しいです。若さの維持とは時間の停止であり、つまりそれは、成長の停止ってことです。樹木の年輪のように刻まれた皺が生き様なのに、ずっとつるんとしていると、それはそれでどこか恥ずかしいのです。
などと思うのは、自分が芸能人のように人前に立つ仕事を本業にしていないからなのでしょうが、それでもやっぱり「老けないよね〜」という言葉の裏には「いつか老いてしまうのが怖い」というマイナスなニュアンスが込められている気がするのです。
だから、いっそ80歳くらいでバリバリにかっこいい老人になりたい。
80歳の私は、今日も行きつけの仕立て屋に足を運びます。イケてる80歳にもなってくると、セレクトショップとかチェーン店とかじゃなくて、オーダースーツしか扱っていない、古くからの付き合いがあるクラシックな仕立て屋でしか服は買いません。
「また、魅力が増しましたか」
黒い髪をテッカテカのオールバックに固めた仕立て屋は、私を見るなりそう言います。
「いえ、ただ歳を重ねただけですよ」
私は小さく笑いながら、白くなった長めの髭を撫で、なんだか絶対に値が張りそうな木製の杖でコツンコツンと2回、床を鳴らします。その足腰は80歳のそれとは思えないほどまっすぐに伸びており、どう考えても杖なんて必要ないのですが、80歳のイケてる紳士ともなればオシャレの行き先は杖にまで至っておりますので、スラッとした細身の体を装飾するように、おしゃな杖を持ち歩いているのです。
「いつもどおりで、よろしいですか」
「ええ、そのつもりです」
聡明な読者の皆さんのことですからそろそろお気づきかと思いますが、80歳の私は、むっちゃ金持ちです。なんだかよくわからない因果によって巨万の富を手にしており、しかし、大金を見せびらかすようなことは決してせず、宝石などを毛嫌いし、質素な服を好み、自宅も小さなヴィンテージマンション(リノベ済み)をそのまま借りて、長く住み続けています。
「では、こちらへ」
仕立て屋が、店内に隠されていたスイッチを押します。すると、ゴゴゴゴとありがちな音を立て、店内でも一番大きかったクローゼットが派手に崩壊しました。その下から、秘密の倉庫の入り口が現れます。中には最高級の布地やボタンが集められており、私は毎回そこから気に入ったものを選んで、スーツを仕立ててもらっています。
80歳に至るまでにいつの間にか身につけた卓越したセンスをもとに、これ以上ないほど最高な組み合わせの生地をマルジェラすると、仕立て屋はそれを速やかにバーバリーしていきます。仕立て屋は採寸の際、私の長すぎる足や細すぎるウエストに対して「これは、パリコレいけます…パリコレ……」と5000回近くつぶやいていましたが、パリコレは既に出たことがある80歳なので静かな笑みだけ浮かべてやり過ごします。
オーダースーツは仕上がりに日数を必要としますので、一旦、仕立て屋を出て、いつもの喫茶店に向かいます。カウンター席が10と、テーブル席が6つ。今日もお客はほとんどおらず、これまた80歳の白髪の女性のマスターが不機嫌そうにカップを拭いています。カランカランとドアベルを鳴らして中に入りますが、彼女は冷めた目をしたまま、私に挨拶もしません。
「今日は、何が入ってるかな」
カウンター席に腰掛けながら、マスターに尋ねます。するとマスターは何も言わず、奥の引き出しからメニュー取り出し、私に差し出しました。
「例の犯罪組織のNo.3が、独立。水面下で小さなテロ組織を作っていやがった。二日後にはお披露目を兼ねて、都市部で爆破テロだとよ」
「……ふむ。アジトは?」
「クリームブリュレをどうぞ」
なるほど、メニューのデザートページを開くと、クリームブリュレの紹介文が暗号になっています。だったら最初からぜんぶ暗号で話せよと思いながら、私はその紹介文を解読していきます。
「なるほど、これは思っていたより、規模が大きい」
「一人で大丈夫かい。昔みたく、タッグを組んでもいいんだよ」
「いや、先ほど、仕立て屋でスーツを新調してきたから」
「お、例の、最新鋭のバトルスーツか」
「うん。明日には完成すると言われたので、間に合うかと」
「そちらもお披露目ってわけだね。こりゃあ楽しくなりそうだ」
そう言いながら、マスターは激甘ウインナーコーヒーを私に出してくれました。
「くれぐれも、無茶しないようにね。あんたもワタシも、もう若くないんだから」
「いや、老いてからが、人生は本番ってものだよ」
「それは確かに、間違いないね」
このくらい。このくらい雑でぶっ飛んだ出来事が、来世あたりで起こりますように。