「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第十四夜 ホテルの支配人が挨拶に来る
五月の大型連休の晴れやかな気候でみんながノリノリになっている中、この原稿は世界から切り離されたようにジメジメとした部屋で書かれています。午前中の早い時間しか日の光が届かない本当に小さな部屋で、黙々と生み出されています。
先ほど、どうにもならないほどお腹が減って、そんなときにSNSを見たら家系ラーメンの写真が目に焼き付くに決まっているわけですが、案の定そうなったので財布と携帯だけ持って、隣駅にある家系ラーメンを食べに行きました。
ラーメンはうまい。深夜になればなるほどうまい。今回は昼に食べたわけですが、やはりうまい。七年くらい前に、アメリカに一人で遊びに行ったことがあるのですが、二週間ほどの滞在で「一風堂」に四回行きました。国内より頻度を上げるな。
でも、食べたいときに食べたいものを食べたいだけ食べる。これが人生で最大の幸せだと思いませんか。私は言わずと知れたお笑いコンビであるサンドウィッチマンの伊達さんが「コロッケはサラダ油で揚げているからゼロカロリー」という完璧なロジックを披露したときに心底感動していたのですが、やはり美味しさはカロリーを越え、無敵と化すわけです。
だから、いいホテルのビュッフェに行きたい。
先に言っておきますが、私、ビジホの朝食も大好きです。ビジネスホテルの朝食会場にいるお客さんって、みんな猛烈に疲れた表情をしていませんか。顔とかパンッパンにむくんでいて、この朝が来たことをひどく後悔している様子すらありませんか。あれ、なんなんですか。
そんな人たちに囲まれるなかで「二種類のパンが選べる!」くらいのわずかな選択肢を楽しみに、二日酔い気味の胃袋で朝食をとる。普段は読まない新聞なんか手に取っちゃって、食後に入れたインスタントコーヒーがなんかうまい。とくに帰りの飛行機や新幹線の時間が決まっていないときのビジホの朝食なんか、格別です。
しかし、今回は、いいホテルのビュッフェがいい。
リッツなのかヒルトンなのかインターコンチなのかわかりませんが、とにかくそういう、ラグジュアリーが極まったホテルの、イオンモールくらい無限に広がっているビュッフェに行きたいのです。
その日、私の胃袋は、宇宙になっていました。
ワンピースの黒ひげもびっくりのブラックホール。ハガレンのグラトニーもドン引きする暴食具合。千と千尋のカオナシも驚きの食べっぷり。それでもイオンモールくらいの広さを確保した前代未聞のビュッフェですから、アイスクリームだけで210種類くらいありますし、うどんの太さも1ミリから19センチまで変更でき、スタバのフラペチーノは200種類あんねん。食べたいものを言えばなんでもテーブルに運んできてくれる羊に似た顔の執事までテーブルについているのです。
羊に似た執事は「世界中の郷土料理が集まっているので、せっかくならいかがですか」とたくさんの料理をレコメンドしてくれましたが、私、あいにくバカ舌でして、「甘口バーモントカレーか札幌一番にバター乗っけたやつがいっちばんうまいと思っている節がありまして、それかシーフードヌードルに牛乳入れるやつ、それで結構です」とお断りしたんですね。すると執事は機嫌良さそうにどこかに消えたかと思うと、執事よりも執事っぽい人を連れて戻ってきたのです。
「支配人です」
支配人きちゃった。
「お客さま、この度は秘密の暗号の解読、おめでとうございます」
「え? 秘密の暗号って……?」
「はい。先ほどお答えいただいた『甘口バーモントカレーか札幌一番にバター乗っけたやつがいっちばんうまいと思っている節がありまして、それかシーフードヌードルに牛乳入れるやつ、それで結構です』。これが秘密の暗号の答えでございまして、無事に正解されました。これまで数々の大富豪やトレジャーハンター、オッペンハイマー、クイズノックの方々などがチャレンジしてきた最大最難関のイースターエッグでしたが、正解に辿り着いた方は一人もいらっしゃらなかった。おめでとうございます」
オッペンハイマーとクイズノックって時代的に並ぶことあるの?
驚愕の事実に慌てふためく私。
「あの、僕はただ、ご飯を食べていただけなのですが」
「また、そんなご冗談を。誰がこんなホテルで甘口バーモントカレーを欲しがるものですか。見た目もあえて見窄らしい格好をしての挑戦、素晴らしいです」
「こいつナチュラルに失礼だな」
支配人は穏やかな顔をして、僕がうますぎる朝食を食べるのを見届けてから、支配人室(東京ドーム3つ分の広さ)に案内してくれました。
「改めまして、秘密の暗号の解読おめでとうございます。それでは、こちらを」
そう言って手渡してくれたものは、残高無限で使うことができるクレジットカード「無限クレカ」と、私の隣駅の家系ラーメンの味玉無料チケット5枚分でした。
「いやギャップ」
「ぜひまた、当ホテルに遊びにきてください」
このくらい。このくらい雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。