「なるべく豪華な晩餐を」
たべるときに思ったあんなこと、こんなこと。
生きていくためには食べなきゃいけない。食べるためには生きなきゃいけない。
でもせっかくならいい気分で食べたいよね。食べながら素敵なことに思いを馳せたいよね。
なるべく豪華な晩餐を。
モモコグミカンパニーが綴る、食事をきっかけにはじまる美味しい感じのエッセイです。
〜生牡蠣編〜
3月から1ヶ月間、少し休もうと思い、春休みをもらうことに決めた。グループ時代、約8年間走り続けてきたし、新しい事務所に入ってからも色々と挑戦させていただき、充実していた。
しかし、思えば、学生時代は一年に何度かたっぷりと休みをもらえていた。あんなふうに、自分のタイミングで活動に区切りをつけたほうがこの先も頑張れるかもしれないと思ったのだ。
記念すべき春休みの初日、私はまず生牡蠣を食べに行くことにした。昔から、生ものが大好物だが当たりやすい体質で、生牡蠣にも一度当たったことがあった。だから、その辛さも知っていたし、何より仕事を飛ばすことを恐れてずっと食べるのを躊躇していた。
ネット検索でおしゃれなオイスターバーを見つけ、夕飯はここにしようと決めた。
今日の目標は、ずっと我慢していた美味しい生牡蠣を堪能すること。それに合わせて朝からお腹も空かせておいた。
店に着いたのは、開店時刻を30分ほどすぎた17時半。人気店なうえに休日だからか、店内の席はほとんど埋まっていた。一人客の私は、カウンター席へ案内された。
メニューを開くと、産地の異なる生牡蠣が宝石のように掲載されている。その中でも、それだけでいつものランチくらいはする少し高めの生牡蠣を頼んだ。どうせなら、今まで頑張ってきたご褒美として、一人きりでもなるべく豪華な晩餐にしたい。
少しして、隣に中年のおしゃべりな女性二人が座ってきて、気づけば店内は満席で賑わっていた。一人でこの店に足を運んでいる私は珍しいようだった。
注文した生牡蠣が届き、とりあえず写真に納め、レモンをかけて一口食べた。冷たいそれは、喉を通って一瞬でなくなり、後にはレモンの酸味だけが残った。
うん、確かに美味しい。だけど、なんだ、こんなもんか。
それが感想だった。
今まで制限してきた分、ハードルを上げ過ぎてしまっていたのかもしれない。
せっかくだから一緒にお酒も頼んでみようかと思ったが、一人でちびちび飲むほどお酒が好きな訳でもない。とりあえず、この生牡蠣一つでは、空腹は満たされない。すぐに次の生牡蠣を頼んだが、混み合ってるからか、なかなか来なかった。話す人がいないと余計その時間は長く感じた。隣の二人の輪に入れてもらうわけにもいかない。
仕方がないから、youtubeで適当な動画を見ながら出されたお冷をちびちび飲んだ。
やっと二つ目の生牡蠣が届いた。それに手をつける前に、すかさず店員に今度は狙っていた蒸し牡蠣を注文した。いくら休み期間だからといって、ホイホイ生牡蠣を食べる勇気もない。二個くらいが限度だと思っていた。
二個目の生牡蠣もあっけなく食べ終わり、次は蒸し牡蠣に対面した。
湯気の出ているそれを目の前にすると、やっぱり生牡蠣がもう少し食べたかったな、という気になった。
皿の上に並べられた二つの蒸し牡蠣の殻の下には氷が敷き詰められている。そうだ、この氷で蒸された牡蠣を直接冷やしてみようと思いついた。そしたら、気分は当たらない生牡蠣だ!
早速、氷を貝殻と蒸し牡蠣の間に敷き詰めて時間を置いてみる。だけど、氷がなかなか溶けない。おかしい。とりあえず、透明の粒に塗れた片方の牡蠣を一口含んでみる。
ジャリッとした食感のあとに、とてつもないしょっぱさ。
なんだ、これは!?
口の中からそのジャリッとした粒の一つを手にとってみた。
ああ、これは氷じゃない。粗塩だ。
せっかく頼んだ蒸し牡蠣を粗塩塗れで台無しにしてしまった喪失感と自分の間抜けさに唖然としていると、隣の二人から笑い声が聞こえてきた。まさか自分のことを笑っているのかと顔を上げると、二人はこちらには目もくれずに他のことで笑っているようだった。ああ、なんだか虚しい。お願いだから、誰か今の私を笑ってくれ。
SNSに粗塩塗れの蒸し牡蠣の写真を撮ってこの失敗を投稿しようとスマホを向けたが、そういえばSNSでは昨日休み前最後の挨拶をしたばっかりだった。
なんとか蒸し牡蠣から丁寧に粗塩を取り除き、しょっぱさを調味料で紛らわして、おとなしく口に運んだ。
何か新しいものを頼もうかと思ったけど、伝票をみると一人の夕飯にしては、随分値が張っている。まだこれっぽっちしか頼んでないのに。結局、しょっぱい蒸し牡蠣を最後に店を出ることにした。
帰り道、スーパーに寄ると先ほどの会計の3分の1くらいの値段で牡蠣の10個以上入ったパックが目に入ってしまった。
私はしばらく、華々しいオイスターバーへの執着とプライド、牡蠣に対する不完全燃焼の気持ちと闘っていた。
しかし、最終的にそのパックを手に取ってレジへと向かっていた。
気を取り直していこう。
本当の豪華な晩餐はこれからだ。