「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第九夜 何度でもおみくじを引け
十二月。誰がなんと言おうと、今年一番の年末具合を迎えております。
最も年末っぽいと騒がれていた十一月を、軽く超える年末っぽさ。100メートルを4秒台で走る師。納まりようもない量の仕事。使うタイミングを逸した大掃除グッズ。心はパリピ、体は疲労困憊。雨は夜更け過ぎに雪へと変わるかもしれませんが、僕らは夜更けを過ぎてもYUKIにはなれません(やかましいわ)。
毎年のように思いますが、来年こそは、シャクシャク余裕で暮らしたい。ほどほどの仕事と、ほどほどのお給料、激安な税金と、ほっこり充実の福祉制度。そんな国でのんびり生きられたらどれほど幸せなことでしょう。でも現実は、どうせ来年も必死に働くはめになり、ガッツリと社会保険料や住民税を持っていかれ、雀の涙ほどのお金で泣く泣く電気代を払うのです。
いつの時代だって人生ハードモード。そんなときはやはり、初詣に行くのが良いと思いませんか? ……あ、宗教上の理由で? ちょっとそういうのは? なるほど? 全員が初詣に興味があるとか思わないでほしい? なるほどどど?? 興味がある方だけ以下を読んでもらえたら嬉しいですよろしくお願いします。
「あけましておめでとうございます! 先輩、もう初詣、行きました?」
突然連絡が来たのは、一月五日の午前中のことでした。すでに実家でたらふくお餅やおせちを食べ、すっかり縁起が良い体付きになった僕を誘うのは、過去にアイツ、お前のこと好きらしいよ?疑惑が浮上していたもののその真実はわからないままお互い卒業してしまった同じ学校の後輩でした。
「わ、ひさしぶり。初詣、今年はまだだなあ」
嘘です。すでに元旦と二日に行ってます。ゴリッゴリにお参りも済ませて、地元友達と縁日もほぼ遊び尽くしてます。
それでも、人間には嘘をつかなければならない時があるのです。たとえ今年三度目の初詣であったとしても、その相手と一緒に行くのが初めてならばこれはもう「初」と言って過言ではないのです。
「わあ、良かった! もし予定なかったら、これから一緒に行きませんか。着物とか着ないで、私服で、だらっと散歩とかして」
最っ高の誘い方じゃん。堅苦しくないし、なんか楽しそうだし。これもう、今年の運、ここで全部使ってないか? 二回目の初詣で早くも大吉引いてたけど、早速ここでそのラッキー感、使い切っちゃってないか?
大吉のおみくじの「恋愛」欄に書かれていたことを、頑張って思い出してみます。「突然の誘いには、乗れ」。確かにそう書かれていたような気がしなくもなくもありません。これはもう、2024年のスタートダッシュ確定案件なのです。
「じゃあ、11時半に、八幡宮の鳥居の前で! 会えるの楽しみにしてますね!」
こんなにあっさりと初詣デートが決まって良いものなのでしょうか。あまりに人生がイージーすぎる。歓喜のあまり、スマホをベッドに軽く放り投げると、僕は急いで感謝の腹筋一万回をスタートさせます。肥えに肥えたお腹周りの肉を、急ピッチで落としにかかるのです。燃えよ脂肪。初詣デートまであと二時間もありません。
「ごめんなさい、待ちました?」
バッキバキに割れた腹筋をひた隠しにしながら鳥居のそばで立っていると、アイツ、お前のこと好きらしいぜ?疑惑の後輩がいよいよ現れました。オーバーサイズのパーカーに、ぐるぐる巻きのマフラー。黒のスキニーデニムに、ニューバランスのゴツめのスニーカー。俺たちはYUKIにはなれなかったけど、YUKIみたいなあざと美しさを持った後輩とは妄想デートができるんだぜ?(なんなの)
テンションが馬鹿になったまま、後輩とふたり、参拝の列に並びます。すでに今年三度目の参拝ですが、こちらも大人なのできちんと初めてっぽい顔をして並ぶのです。二礼・二拍手・一礼も華麗にこなして、「何を祈ったの?」とか、野暮なこともしっかり聞くのです。
「先輩、おみくじ引きません?」
「わ、いいね、引こう引こう〜」
今年三度目のおみくじです。もう効用も何もあったもんじゃありません。それでも、まるで初めてな顔をして、誰がどう見てもアルバイトな巫女さんからおみくじを買い、後輩に渡しました。
「じゃあ、せーので開けましょ?」
「あ、うん、そうしよ。せ〜の!」
凶。
どうしたことでしょうか。一体どんな確率で、二人とも凶が出るのでしょう? 僕の知らぬ間に、ここは呪われた神社にでもなったとか? でも後輩は、携帯電話を取り出すと、嬉しそうに二つの凶を写真に収めているじゃないですか。
「いやいや、凶だよ? ふつう撮らなくない?」
僕が笑いながら尋ねると、同じように笑ってから、後輩は言いました。
「え、お揃いって、嬉しくない……?」
突然の! タメ口攻撃!!!
こうかはばつぐんだ! 筆者は目の前が真っ暗になった!
完全に読者を置いてきぼりにするテンションの高さ。ずっとキモい感じで進んでいた妄想連載も、いよいよステージが一つ上がった気がします。しかし問題はありません。もうおみくじの結果が大吉であっても大大大吉であっても、「お揃いの凶」に勝てるものはないのですから。
後輩は凶のおみくじを大切そうに財布にしまいながら、「今年もよろしくお願いします」と頭を下げて、屋台が並ぶ参道を歩き始めました。僕はなんだか今年はいい感じな予感がするぞ? と思ったところで、「彼氏にお土産買わなくちゃ」という後輩からのまさかの一言を耳にしたのでした。
このくらい。このくらい雑で、ちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。
第十夜へ続く