「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第六夜 ある夜、工場夜景を求めて
「男の子って、こういうのが好きなんでしょ?ランキング」という主語が大きすぎるうえに下世話な匂いしかしないランキングを作ろうものなら、ベスト10ギリギリに食い込んでくるのが、工場夜景ではないでしょうか。
僕らはみんな、FF7のミッドガルに憧れを抱いた世代(わからなかったら読み飛ばしてもらって大丈夫です)。夜中でも怪しい光を放ち、人類の叡智と業と醜悪さを詰め込んだような建築物を見れば、心ときめかないわけがないのです。
そんなわけで、工場夜景に行きたい。
シンプルな願望をSNSにつぶやいてしまった午前二時。風呂に入るのも面倒で、ソファに寝転んでダラダラと人生を無駄にしていたら、五〜六年とかそのくらいの期間会っていない(けれどSNSで見る限りちょっと垢抜けたっぽくていま会って話したら楽しそうかも、くらいの)友人から、珍しくLINEが届いていました。
「ひさしぶり! Threads見たけど、今どこいる?」
Threads!? インスタやTwitter(X)ならともかく、Threads見て連絡することなんてある!? 僕はかなりのレアケースにたまらず心躍らせながら、返事を打ちます。
「ごめんもう家だー。どしたの?」
「いや、工場夜景いいなーって。わたしもそういうの、見たい気分」
「え!本当に? 嬉しすぎるなそれ。でももう終電ないよ」
「わたし、いま車なの。コンビニ寄って、たまたま投稿見たから」
「え、車って。今から行くってこと?」
「うん、明日早くなければ、どう?」
「俺、もうお酒飲んじゃったよ?」
「いいよ、わたし運転する」
なーんて都合のいい展開。これが妄想の力というやつでしょうか。僕はさっきまでグダグダと寝転んでいたのに、急いで服を選び直し、髪の毛をチェックして、最低限の荷物を持って家を飛び出すのです。そしてなぜか奇跡的に、二十分もしないで彼女が乗った車が、家の近くに到着してくれるのです(しかもこの車がめちゃくちゃ小さい日本車なのがだいじです)。
「久しぶりだねー」
「ね、久しぶり。元気だった?」
「うん、元気元気―。乗って乗って?」
「ありがとー。はいこれ」
「え! これわたし好きなやつじゃん!」
「あ、変わってないんだ?」
「えー変わってないよーすごいよく覚えてたねー!」
というやりとりの商品は大抵コンビニに売ってる午後の紅茶のミルクティーかマウントレーニアのエスプレッソだと僕の中で相場が決まっているのですがいかがでしょうか。彼女はテンション高く僕を乗せて、さっそく工場夜景に向けて、せっまい車を出発させました。
「本当久しぶりだよね? いつぶり?」
「五、六年じゃない?」
「そんくらいだよねー。わー。最後いつ会ったっけ?」
「あれじゃない? アフター6で、ディズニー行ったやつ」
アフター6パスポートでディズニーデートをしたのが最後の思い出になっている男女が!五年以上ぶりに再会するパターンが!この世の再会の中でいっちばん魅力的に決まってる(偏見)! これでは今夜は何も起きないはずがない。連載も六話目にしていよいよ付き合う展開が待ち受けている予感がします。勝手に脳内で盛り上がっているところで、彼女が言いました。
「あの時の私たち、若かったなあ」
急にしんみりしちゃうじゃん。
真夜中の高速道路は空いていて、彼女はずーっと追い越し車線をぶっ飛ばしていました(絶対に真似しないでください。法定速度を守り、実際の交通規制に従ってください)。
「なんか、あった?」
しんみりムードにしっかり飲まれてしまい、急に「相談のるよ男子」を演じ始める僕。しかし、助手席からでは全く格好がつかないものです。
「いや、なんもなんも。てか、工場夜景ってどこにあんだろうね?」
「え! 今どこ向かってんの?」
「え、とりあえず高速乗っただけ」
「この世で一番自由な人じゃん」
軽く呆れながら、スマホを取り出しGoogleマップを開きます。すると、あと三十分もしないところに工業地帯があることがわかりました。そんな都合よくことが運ぶのも、妄想世界のおかげです。
高速道路を降りて、ゆったり車を走らせること二十分。海岸の向こうに、少し小さく工場夜景が見えました。二人で車から降りると、夜風がすっかり秋のものに変わっています。
「綺麗だねー」
彼女が伸びをしながら言いました。
「ね、綺麗」
「ねえ、今年、花火みた?」
「いや、見てない」
「わたしも。この夜景、花火の代わりにしよ」
「え、最後の花火に今年もなったな、のやつじゃん」
「そうだ、それだね」
脳内で鳴り響くフジファブリック。これはハッピーエンドの確定演出。誰もがいつしか大人になり、変わっていってしまうのだと、勝手におセンチになっていく僕たち。沈黙がたっぷりと続いたあと、彼女が長い髪を耳にかけて、言いました。
「わたし、今度、結婚するんだー」
またこの流れかよ。なんなんだよ。思わず全力でクレームを叫びそうになる僕。
「え、そうなんだ! おめでとう〜」
なんて返しながら、いやこれ、帰り道はどんなテンションで帰ればいいわけ? もう寝るか。助手席で寝ちまう最悪な男になっとくか。と脳は高速で動いていました。
「結婚式、来てくれる?」
「ああ、行く行く。盛大に祝わせてよ。スピーチもするよ」
なんて言いながら、本当は少し後ろめたくて、結婚式には呼びたくないくらいの関係にありたかったと、ひっそりと思う自分がいるのでした。
なんて、このくらい。このくらい雑で、ちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。
第七夜へ続く