「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
第五夜 「10円足りない」から始まる関係
終電直前の駅って、どうしてあんなに慌ただしく、切なくて、込み上げてくるものがあるのでしょうか。
改札前でキスをしているカップルが大好きな僕は、時間があれば恋人たちの熱いキッスを柱の影から観察する大変キモい習性があるのですが(文字で書くと本当に気持ち悪いな)、つまりあの恋人たちは「できるなら朝まで一緒にいたいけどなんらかの事情で帰らなきゃいけない」って立場にあるわけで、「終電直前までイチャコラしていたい!」「人前とか気にしてられっかよ!」という半ば暴走気味な思いから、人目も気にせずキッスキッスしているわけでありますね。
金曜の夜の新宿駅。そんなカップルを横目に、最終電車に間に合うか間に合わないか、改札に走り込んでくる老若男女。「最終でーす」とメガホン越しに叫ぶ駅員さん。オールすることを決めて友人を見送るパリピ集団。いまだに今夜を諦めていないナンパ男(なんであの人たちって全員ピタピタのスキニーデニムにクラッチバッグなんだ)。
カオスな空間を見届けながら、自分も改札をくぐり、最終電車に乗り込みます。友人たちとたのしく飲む時間もいいけれど、実はその友人たちと解散してからイヤホンで好きな曲を聴いて帰る時間がもっと好き。満員電車の隅っこで、ひとりを満喫して帰るのです。
ガタタン、ゴトトン。ガタタン、ゴトトン。(ここに擬音を入れたかっただけです)
電車に揺られて最寄駅に着くと、すでに上り電車は終わっていて、まさに一日に幕が降りようとしているところでした。同じ駅で降りた人たちになんとなく同胞意識のようなものを覚えながら、自分も改札を抜けようとします。
しかし、そこで何やら、視線を感じた気がしなくもない。
ふと立ち止まって、気配を感じた方に振り向く。そこには、見るからにほろ酔い気味の女性が、精算機の前でいかにも助けを求めていそうな目でこちらを見ているじゃないですか。
「ドラクエすぎるやろ」
思わず内心ツッコミを入れながら、しかしその視線に気付いているのはどうやら僕だけ。こうなったら仕方がないと、自分も酔いの力も借りつつ、恐る恐る精算機の彼女の元へと足を進めてみます。
「あの、どう、されましたか?」
「あ、えっと、あの」
気恥ずかしそうに俯く女性。ナンパ野郎になっていないだろうかと不安になる私。しかし、次の彼女の一言で、ようやく今回のタイトルの意味がわかるのです。
「実は、お金が、足りなくって」
「え、あー、なるほど。なるほど。え、いくらですか?」
「あ、10円、だけ」
「あー、10円、10円」
本当は、わかっていました。駅員さんに言えば、お金を貸してくれることくらい。でも、わざわざ10円を借りに行くのも返しに行くのも、なんとも馬鹿馬鹿しいって気持ち、共感できるじゃないですか。ましてや、こちとら気持ちよく酔っ払った帰りです。駅員さんに迷惑かけるのもどうかと思えば、自分が払っちゃえば早いと思うわけですね。
「あ、いいすよ、10円。出します出します」
「え!あ、本当ですか! いや、なんかすみません本当に!」
「いえいえいえ。あ、50円しかないや。いいですよ、これで」
「え! そんなそんな!ダメですよそんなに!」
窮地は5倍にして救う。これぞ酔っ払いの心意気ってもんです。
「あの、あの、必ず返しますんで!」
「いやいやいや、たかだかそんな、小銭ですよ?」
「いやいや、ほんと、助かったので」
「てか、そんなにお金なかったんですか?」
「はい、財布見たらぴったりゼロで、びっくりしました」
笑いながらそう言う彼女をよくよく見れば、相当酔っ払っているようにも思えました。気付けば僕ら以外、駅には誰もいない状態。二人の遠慮がちな笑い声だけが響いています。
「じゃあ、あの、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそです。あ、お帰り、どっちですか?」
「あっ、東口で」
「あっ、じゃあそこまで一緒ですね」
「あ、ほんとですか。あっ、あっ」
「あっ、あっ、はい」
コミュ障って二人で会話すると訳もなく「あっ」が増えますけどなんなんでしょうか。僕らは無事に改札を抜けて、最寄りの駅に降り立ちました。まだまだ夜でも蒸し暑く、駅を出てすぐに見かけたファミマが、僕らを呼んでいるような気すらしていました。
「なんか、飲み直したくなる気候ですよね」
「あははは、私、でも、あの、文無しですから」
「ああ! いやいやいや、別に別に! ねえ、そんな、ねえ」
「あ、すみません! 私と飲みたいってわけじゃないやつでした!? わーごめんなさいなんか!」
「あっ、いやいやそんな、違くて、そこはそう、違うというか! そうっていうか! はい! あの! はい!」
「いやいやいや! あの! はい! そんなそんな!」
「いやいやこちらこそ! そんな! はい! いや! はい!」
なんなん。実は二人ともかなり酔っていたのでしょう。もうわけがわからないまま、ファミマもあっさりと通り過ぎて、線路沿いにダラダラと歩いていきます。しかし、もう五分は歩いているはずなのに、二人とも、ちっとも別のルートに行きません。
「あの、ご自宅が、こっちの方なんですか?」
痺れを切らして尋ねると、彼女が少しだけ申し訳なさそうに言いました。
「あ、その、彼氏んちが」
あーーはいはいはい! そうですよね! 連載も第5回ともなれば! このパターンも慣れてきますけどね! 俺の50円! 淡い期待!!
「ああ、そうかそうか! そうですよね! え、あの、どこらへんなんですか? 彼氏さんの家は」
「あ、ちょうど見えてきて、あの、茶色のアパートのやつです」
「俺んちと同じアパートやんけ」
10円から始まる縁なんて、所詮はこのくらいのもの。このくらい雑で、ちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。
第六夜へ続く