「雨の夜にだけ会いましょう」
「定期的に集まろうぜ」と言い出した飲み会は二回目が開催されない。
仕事も遊びの約束も、数週間先の予定を詰められるとなんだか心が重くなる。
「もっと雑で、ちょうどいいこと」を求めて、無責任な願望を言葉にしてみるカツセマサヒコの妄想コラム連載です。
「 第四夜 作りすぎてしまう隣人 」
あまりの暑さに、どうかしていたんだと思います。その日は曇り空なのに気温だけが上がり続けていて、もう心身ともに疲れ果てていた私は、どうしたことか、ネカフェで仕事をしようと思い立ったのでした。
新宿駅近くで電源とWifiが完備されているカフェなんて大概はオシャレぶってて背筋を伸ばしていないといけないし、それに比べてネカフェだったら人目も気にせず昼寝もできる。ドリンクだって飲み放題だろうから、圧倒的にコスパがいいのはネカフェだ。間違いないと思ったのです。
しかし、かれこれ三時間ほど新宿西口のネットカフェで仕事をしてみたものの、これが自分にはどうにも合わなかった。なんだか、魂のランクが下がっていくような、悲しい気持ちがどこからともなく湧いてくるのであります。部屋に備え付けのPC画面にはセクシーな服を着た女性の写真と共に「高収入バイト」なんて書かれていたり、その隣には「ネカフェで婚活」なんて文字まで見えたりします。それらのバナーは新宿の街並みよりもうるさく、まさに“人間の欲望、全部”といった感じがして、画面の前にいるだけでひどく疲れてくるのでした。
こんなことなら、まっすぐ家に帰って、自宅で仕事をすればよかった。
後悔しながら揺られる小田急線。こんな時に救ってくれるのは、やはり妄想くらいしかないのです。意識を現実から遠く飛ばして、この世になんか戻れなくなればいい。そんな物騒なことまで考えながら、「なろう系」もびっくりするほど自分に都合のいい展開を考え始めます。
たとえば、作りすぎてしまう隣人がいてほしい。
主にフィクションの世界において、主人公がアパートや賃貸マンションに住んでいると一定の確率で出現する「カレーを作りすぎてしまって……」とお裾分けをしてくる超絶美人の隣人。あの、何かと作りすぎてしまう分量を測るのが下手すぎる隣人がいたら、人生は今よりもっと豊かになると思うのです。
その日は、最寄りのコンビニで店長の誤発注が発覚し、一生分のストロングゼロが溢れんばかりに店頭に売られていた日でありました(あ、妄想、すでに始まってますよ)。近所に住むお客さんは心優しい人が多く、「こんなにストゼロがあったんじゃあ大変だ」と、一人10本以上のまとめ買いを積極的に行い、レジ袋をストロングゼロでパンパンにして帰っていく姿が後を断ちませんでした。
そんなストゼロ列の中でも一際目立っていたのが、コンビニのかご二つ分にストロングゼロをぎっしり詰め込んでいる女性の姿でした。
(あれ? あの女性はもしや、作りすぎてしまうお隣さん……?)
あまりに可憐な横顔と信じられない量のストロングゼロ。天国と地獄みたいな対比に釘付けにされていると、彼女はこちらに気付いて、少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべながら僕にそっと会釈をしました。その笑顔をアルコール度数に変えるなら9%どころの騒ぎじゃない。テキーラをショットで五連続流し込んだような衝撃が脳内をガンガンと揺らし、そして気づけば、コンビニを出てアパートに戻ろうとしているお隣さんに、僕は話しかけていたのでした。
「すっごい量、買いましたね」
先ほどからお隣さんは、コンビニ袋からこぼれ落ちていくロング缶に気付かず、道にストロングゼロをボトボトと落としながら進んでいました。なんて恐ろしいグリム童話。ヘンゼルとグレーテルもびっくり。僕はそれを一つ一つ拾い上げて、彼女のコンビニ袋に戻してあげました。
「あっ、すみません、気付かなくて。いやあ、あの店長さん、すごくいい人そうじゃないですか? だからちょっと、協力したくなって。ほら、私も、つい作りすぎちゃうところがあるから」
なんだこの天使。僕はその場でロング缶を一気飲みしたくなる衝動を堪えて、冷静を装いました。
「でも、こんなに買っても置き場所とか困りませんか? そんなに飲まれるんですか?」
「ああ、それが、実はあんまり一人では飲まなくて……。あの、よかったらこの後、一緒にどうですか? ちょうど、梅水晶を作りすぎてしまったところで」
「梅水晶って作りすぎることあります?」
さすがは作りすぎてしまう隣人。彼女は一度部屋に戻ると、小さめのバランスボールくらいの量の梅水晶を抱えて、僕の部屋に上がってきました。
「わ、相変わらず綺麗な部屋。私の家と全然違う……」
妄想だからこのくらいのことは言ってもらいたいですよね。
「いやいや、急いで片付けただけなので。それにしても、すごい量ですね」
「家には、この3倍あって」
「3倍の梅水晶!?」
そりゃあ、あの量のストロングゼロを買い込みたくもなりますわ。僕は彼女の購買理由にひどく納得しながら、ドカンとテーブルの中央に置かれた梅水晶を可憐なる隣人とつまみ始めました。
「あ、乾杯、しましょっか」
「お、そうですね。せっかく買いましたし」
こうして買ったばかりのストロングゼロで乾杯すると、僕らは目の前に積まれた梅水晶を黙々と消化していきました。彼女の頬はほんのりと赤くなり、僕は足の先まで真っ赤でどうにもならなくなっていました。「私、恋人がいるんですけど」なんて突然の恋バナトークにもさらりと耳を傾けて、じゃあこの状況は一体なんなんだと、酔っ払った頭でぼんやり考えながら、朦朧としていく意識と闘っていました。 そして翌朝、二日酔いの頭痛で起きてみると、テーブルの上には半分程度に減った梅水晶と「ありがとうございました。また、何かお裾分けさせてください」ときったない字で書かれたメモが置いてあるのです。そう、このくらい。このくらい雑でちょうどいい出来事が、来世あたりで起こりますように。
第五夜へ続く