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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

「映画でくつろぐ夜。」 第35夜

知らずに見ても楽しめるけど、
知ればもっと作品が奥深くなる知識、情報を
映画ライター、真魚八重子が解説。

「実は共通の世界観を持っている異なる作品」
「劇伴に使われた楽曲の歌詞とのリンク、ライトモチーフ」
「知っていたらより楽しめる歴史的背景、当時の世相、人物のモデル」

自分には関係なさそうとスルーしていたあのタイトルが、
実はドンピシャかもと興味を持ったり、
また見返してみたくなるような、そんな楽しみ方を提案します。

■■本日の作品■■
『天才作家の妻 40年目の真実』(2017年)
『アリス』(1988年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

消し去られる女性映画人たち

アッバス・キアロスタミは世界の映画祭で称賛をあびてきた巨匠だが、意外なニュースが飛び込んできた。

イラン人アーティストのマニア・アクバリは、キアロスタミの監督名義で2002年に製作された『10話』で使用されている映像は自分のものであると主張。キアロスタミに盗作されたことに加え、アクバリが彼から性的暴行を受けたという告発がアクバリ自身のSNSや報道によってなされた。
日本でキアロスタミ監督の、『クローズ・アップ』HDリマスター版の上映を予定していた共同配給の東風とノームは、これを受けて協議を実施。劇場に事情を説明し、延期を決めた。両社連名の書面で「現時点で知りうる情報は限られていますが、このような状況で『クローズ・アップ』の公開を予定通り行うことは不誠実であるだけでなく、社会に対して誤った、意図せざるメッセージを送ることになると判断しました。どうかご理解をいただけますようお願い申し上げます」と発表した。

「映画ナタリー」

正直、キアロスタミは『10話』だけが好きな作品だったので、もしその成果が他者を凌辱した上で奪ったものだとしたら、あまりにショックだ。内容もマニア・アクバリがずっと運転席という限定された空間にい続ける設定で、躍動的に車を流していき、次々と乗車してくる離婚でぎくしゃくしている我が子や、失恋した友人、誤って乗ってきた娼婦らと会話を繰り広げていく10話の構成になっている。他者の優れたものを自分の名前で発表して、手柄にしたい人の気持ちはまったく理解できない。

この夏に公開の『映画はアリスから始まった』も、長らく忘れ去られた存在だったアリス・ギイという女性監督に焦点を当てたドキュメンタリーだった。映画創世記を支えたメリエスやリュミエール兄弟といった歴史的監督の一人だったが、次第に彼女の監督作は不仲となった年下の夫や、撮影監督の名前で発表されるようになり、映画の表舞台から消し去られてしまうのだ。もちろん彼女は抗議をし続けたが、映画が彼女の名の下に戻ってくるまでには長い年月がかかってしまった。

じつは以前から気にかかっていることで、チェコの人形アニメの第一人者であるヤン・シュヴァンクマイエルは、妻のエヴァ・シュヴァンクマイエロヴァーの名前抜きで、単独で紹介していいのか?というのもある。
製作現場も共同作業だし、大胆だけれど愛嬌のある悪趣味さや、ブラックジョーク的な部分は、かなり彼女が担っていたのではないかという気配を感じる。2005年にエヴァ・シュヴァンクマイエロヴァーが乳がんで亡くなったあと、シュヴァンクマイエルの新作があまり冴えないのも、なんとなく彼女が担っていた創造的な仕事部分を感じてしまうのだが……。

もしかしたら、これらの映画はほんの一部なのかもしれない。もしくはアイディアを搾取されるというのも、非常に簡単なことだと思うのだ。「何かないか?」と言われて、スタッフの明晰な女性が一人で提案をし続ける、というような……。しかし、彼女の名はどこにも残らない。それは男性スタッフでも同じだが、まだゴネたら取り合ってもらえるのではないかと思う。統括者が男性監督だから、ということで忘れ去られた女性映画人は大勢いたかもしれない。

<オススメの作品>
『天才作家の妻 40年目の真実』

『天才作家の妻 40年目の真実』

監督:ビョルン・ルンゲ
出演者:グレン・クローズ/ジョナサン・プライス/クリスチャン・スレーター/マックス・アイアンズ/ハリー・ロイド/アリックス・ウィルトン・リーガン

“現代文学の巨匠”と呼ばれているアメリカの作家ジョゼフ(ジョナサン・プライス)はノーベル文学賞を授与されることになった。妻のジョーン(グレン・クローズ)も息子と共に、授賞式が行われるストックホルムにやってきたが、そこでジョーンは、記者のナサニエル(クリスチャン・スレーター)から執拗な質問を受ける。「本当の執筆者は、あなたではないですか?」
若き日のジョーンは才能に恵まれた書き手だった。しかしジョゼフの教え子から恋人になるうち、次第に彼に能力が利用されていった過去を思い出す……。
たとえどんな結末を選んでも、苦みが残るであろうシビアな作品。

『アリス』(1988年)

『アリス』

監督:ヤン・シュヴァンクマイエル
出演者:クリスティーナ・コホトヴァ

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を、シュヴァンクマイエルが映画化。本物の少女を主人公としつつ、人形のストップモーションアニメと組み合わせて作り上げた、独特な世界。人形たちは全然可愛くなくて、動物たちは糸が緩んで目が取れかけていたり、ウサギはおなかに穴が空いているので、オガクズがこぼれっぱなしだったり。キャロルの大小が変わってしまう世界観にこだわった、時にアリスも縮んだ人形になってしまう描写など圧倒的。ヤン・シュヴァンクマイエルの単独作となってからの作品と比べると、可愛らしい悪趣味さの要素が強いと感じる。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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