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「おつかれ、今日の私。」Season3

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.08

「こんなに頑張っているのに、誰からも感謝されない」
「仕方なくやっているのに、迷惑そうな顔すらされる」
「私がいないと大変なことになるのに、わかってくれない」

そう思うことが少なくないなら、忙しなく動く心と目と手と足を、一度ぜんぶ止めてみたらいい。テーブルの端から水の入ったコップが落ちそうになっていても、走ってキャッチしに行くのをやめるのだ。たとえコップがガシャーンと落ちて床が水浸しになっても、「あらぁ~」という顔をして動かない。後始末にも行かない。そういう、手を出さない胆力を育てる。

「そんなことを言ったって、あとから大変になるのは私なのだから無理!」
本当にそうだろうか? 育児や介護は、確かに命にかかわることもあるから手を抜けないだろう。十二分に公共の福祉やを利用して欲しいところではある。しかし、あなたがてんてこ舞いになっているのは、それ以外に覆いかぶさってくるマルチタスクのせいではなかろうか。たとえば、大人相手の家事なら? 料理を作らない、食べ終わったあと食器を洗わない、シンクまで下げもしないような家族なら、そのまま翌朝まで食器を放っておけばいい。翌日の朝ごはんも作らなくていい。眉を顰められたら、「なんか疲れちゃった」と言って肩をすくめてスルーしよう。

夜は出来合いのものを買ってきてプラケースのまま出してもいいし、宅配ピザでもいいし、自炊のあと食器を洗うのが面倒なら紙皿でもいい。洗濯物も、自分のもの以外はじゃんじゃん溜めてしまおうではないか。トイレットペーパーも補充しなくていい。郵便受けを毎日チェックするのもやめだ。あなた以外にも、物理的にやれる人はいるのだから。「私だって文句も言わずに頑張ってるんだ」という家族がいたら、口にしないでいる文句を、お互いが開陳するタイミングなのだろう。

仕事の穴を、職域を越えてまで埋めているのなら、それもやめてしまおう。文句も言わずひとりで丁寧に埋めていた穴を、そのまま放置する。もちろん、自分にアサインされた仕事はちゃんとやった上でのこと。それ以外には、一切手を出さないようにする。あそこが問題だ、ここがのちのちトラブルになる、とわかっていてもグッとこらえる。職域以外の仕事を「これお願い」と気軽に頼まれても、ニコニコ「ちょっとできませんね」と断ってしまおう。
すると、どうだろう。意外と誰も困らなかったりするのだ。100点ではないにしろ、75点くらいで世の中は遜色なく回ってしまうから。あなたが気を遣ってやっていたことが、すべて無駄だったわけではない。しかし、丁寧にやりたかったのは自分だけだったと気づくこともある。あなたが手を出さなければ、ほかに手を出す人が現れることもある。

よく気が付く人は、往々にして損をしがちだ。世の中を損得勘定で見始めるとロクなことにならないのですべてをそれで測るのはオススメしないが、「私ばっかり」と思うなら、セルフストライキはそれなりに功を奏する。なめらかに作動するには誰かの無茶が必要な悪しきシステムを、わざとバグらせる。そうやって無茶が可視化されることもあれば、無茶をスキップしてもそこそこ機能することがわかる場合もある。

私も昔は、気が付くところすべてに手を出していた。それこそ職域なんてお構いなしで。恋愛もそう。親子関係だってそう。すべてにおいて「越境」が私の十八番だった。しかし、たとえそれでうまくいったとしても、疲労対効果が芳しかったとは言えない。なんで私がこんな目に……と、暗い気持ちになることもよくあった。自分が先回りしすぎなんだと気付いたのは、ずいぶんあとになってからだった。

あくまで私の場合だが、なぜあんなにも手を出してしまっていたかと言えば、「すべてを思い通りにしたい。なぜなら私が正解だから」という不遜な欲望があったことは否めない。加えて、自分の価値を証明するのに躍起になっていたからだと思う。存在するだけ、やるべきことだけやっているだけの自分では、受け入れてもらえないのではないかという不安があった。そして、誰かの役に立つ人間でありたい、ほかの人よりも優れた人物であると認めさせたいエゴもあった。どちらも、健やかな自尊感情からはかけ離れていた。

割り振られたこと以上をやらなくても、私には存在する価値がある。そう思えるのがなによりだ。その境地に近づくための、セルフストライキ。衝突やトラブルも多少は起こるが、私の場合は想像していたほどではなかった。私がいなくても私の周りの小さな世界は回るし、私が躍起になって手を出さなくても私の存在価値は薄れなかった。あれには驚いたなあ。

やればやるほど自分の価値が下がるような気持ちになるなら、それはやりすぎだってことなのだよね。


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ライター紹介

ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜木11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

11月6日発売
最新著書『女のお悩み動物園』(小学館)
【特設サイト】https://oggi.jp/6333649
【twitter】:@janesu112
Ayumi Nishimura
イラスト
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【official】ayuminishimura.com/
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【Twitter】_A_Y_U_M_1_
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