「おつかれ、今日の私。」Season3
東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。
おつかれ、今日の私。 vol.03
「仕事でいちばん大切なことは?」と尋ねられたら、あなたはなんと答えるだろう。やる気とか、真面目な態度とか、そういう属人的なことではない。業務を滞りなく遂行するためには、なにが必要かということ。
二十代後半になったばかりの頃、とあるプロジェクトのメンバーが総入れ替えになり、私は新メンバーとして参加することになった。このプロジェクトは可能性に満ち満ちていたが、思うように結果が出せていないことで知られており、しかしパッと見ではボトルネックがどこにあるのかわからないものだから、私は頭を抱えてしまった。しかも、プロジェクトは途中まで進行している。最初からやり直しというわけにはいかない。
私の担当は宣伝だ。入社してからずっとやってきた仕事だが、誰かにきちんと指導されたことはなく、先輩たちの見よう見まねで自分のやり方を模索し、やってきた。つまり、「ガッツ」と「手探り」という、効率を考えたら一番悪手な方法。あの頃は、仕事ってそういうものだと思っていた。
私と同じく、このタイミングで新メンバーになったひとりの先輩がいた。普段から仲は良かったが、同じプロジェクトに携わるのは初めてだ。とりあえず資料でも作るかと、頭を動かす前に手を動かそうとした私を見て、先輩はこう言った。「なにを伝えるか、決めなくていいの?」と。
なにを言っているのか、当時の私には意味がわからなかった。先輩は呆れた顔をして、しかし手取り足取り仕事のやり方を教えてくれた。入社五年目にして初めての経験だった。
「なにを伝えるか」は、「相手になにを約束できるか」に似ている。このサービスを受けたら、どんなメリットがあるのか。他との差別化はどこで測れるのか。言うは易く行うは難しで、これをシンプルに、それぞれ一行で、みっつくらいになるまで絞り込む。次に、それが本当にユーザーにとってのメリットになるのかを検証する。ここが固まればあとはそれほど難しくなく、すべての施策が、絞り込まれたテーマに沿っているかをチェックしながら進めればいい。
あれから二十年近く経っても、私はこのやり方で仕事をしている。異業種でも適用可能なところが素晴らしい。これを授けてくれた先輩には、とても感謝している。それ以外にも、盛り上がりの山をどこに持ってくるかとか、どうやってスタッフの足並みを揃えるかなども教えてもらった。必要ないと思ったときには、たとえ上司からの提案でも頑として受け付けないやり方も。
さて、仕事でいちばん大切なことはなんだか伝わっただろうか。約束事をシンプルにまとめることでは、残念ながらない。答えは、「誰と働くか」だ。私が応用可能なメソッドを入手できたのは、先輩と仕事ができたからにほかならない。出会いは縁や運に左右されるものではあるが、これがいちばん大切だと思う。なにをやるかより、誰とやるか。
結果的に、このプロジェクトは大成功を収めた。仕事における、私の初めての成功体験だった。気付けば私も当時の先輩より年上になり、今度は「先輩と働いてよかった!」と、若い子たちに思ってもらえるような仕事をしなくちゃと思っている。