「おつかれ、今日の私。」Season2
東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。
おつかれ、今日の私。 vol.20
あとはメイクさえ落とせば寝られるのに、それが面倒で何時間も無駄に夜更かししてしまうことがある。あれ、なんなんだろう?
お風呂に入るのが面倒、ならまだ説明がつく。入れば気持ちよいとわかってはいるけれど、服を脱いだり、全身を濡らしたり、頭を洗ったり、顔や体を洗ったりと、風呂ではやることが多い。出てからも、パンツを履いたり、パジャマを着たり、髪を乾かしたりと、気力が必要なことが続く。その手順を思っただけで億劫な気持ちになってしまう時があるのは、まあ仕方がない。一方、洗顔は風呂ほど面倒ではないはずだ。正確に言えば、ある年齢まではずっと楽チンだった。いまでも、さっと洗えば終わる日だってある。
洗顔を後回しにする夜、私は必ず化粧をしている。顔面を清潔にする行為を阻む大きな障害は、メイクだ。問題は「メイク落とし」という殺伐とした行為なのだ。これが本当に、憎たらしいほど面倒くさい。朝、顔に化粧をほどこしているそばから、「これを後々落とすことになるのか……」と思うと気が沈むくらいには、私にとってメイク落としは敵。
メイク落としのなにが腹立たしいって、丁寧に落とさないと肌がテキメンに傷むところだ。パッと塗ればアイラインまでサッと落ちる安価なオイルクレンジングを使えば、素肌はたちまち内側から萎んでいく。持論ながら、いちばん肌への負荷が小さいのは乳液タイプのクレンジングで、これを指の腹を使ってゆっくりメイクと馴染ませ、汚れをしっかり浮かせたところで洗い流してダブル洗顔……ってめんどくさあ!!!!
肌が強い人のことはわからないが、私は敏感肌の持ち主であるため、どうしてもこの手順を踏まざるを得ない。たまにクレンジングシートで拭いてしまうこともあるけれど、やはり後からノロノロと洗面所まで行って、ソープで顔を洗わないと気が済まなくなる。なんだか、汚れが毛穴落ちしている気がするのだ。
紆余曲折を経た洗顔の後、スッキリした顔で鏡を見ると、落ちにくいことが売りのアイラインが瞼の下に残っていることもある。これは相当がっくりくる案件。綿棒に乳液を付けて、やさしくこすって落とす。ああ、面倒。メイクは楽しいのに、メイク落としが楽しかったことは一度もない。
みんな、どうしているのだろう。放置すればするほど油膜のように顔を覆う、あの憎たらしいメイクとどうやって毎晩戦っているのだろう。SNSで「洗顔が面倒くさい」とつぶやくと、いつも結構な数のいいねをもらう。やはり、みんなも面倒で仕方ないのかもしれない。
「ならば、すっぴんでいればいいじゃない」と言う人もいるかもしれない。私はほとんどそうしている。しかし、ノーメイクはマナー違反とされる場面も、意味不明ながらまだまだある。仕事で言うなら、他社への大型プレゼンにノーメイクで行くのはかなり勇気がいることだ。冠婚葬祭だってそう。
つまり、メイクは心の鎧なのだ。ちゃんと化粧をしている日ほど、落とすのが苦役になるほど疲れている。メイク落としが面倒でソファに二時間も横になったままのあなた、今日も本当にお疲れさまでした。最後の力を振り絞って、鎧を脱いでから寝ましょう。私もそうするわ。