「おつかれ、今日の私。」Season2
東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。
おつかれ、今日の私。 vol.6
もはや商売道具のひとつになってたカチューシャを、アメリカのショッピングサイトで7~8本購入した。手元にあるのはどれも素材と色が秋冬向きで、そろそろ夏用の軽やかなものが欲しくなったから。生まれてこのかた、ほとんどの時期を「髪飾りなんてこっ恥ずかしくてつけてられない!」とムクれることしかできない面倒な自意識で生きてきたのに、まさか40代後半になってから、カチューシャを貪るように買う女になるなんて。人生、なにが起こるか本当にわからない。
カチューシャは、注文してから到着までに二週間くらいかかった。なんでも翌日、遅くとも一週間以内には届くことが多い今日この頃、このタイムラグが少し懐かしくもある。大きなビニール袋を開けると、雑に梱包されたカチューシャがごろごろ出てきた。包みを開け、パソコンのスクリーンに引っかけた手鏡を覗きながらひとつずつ頭に載せてみる。うん、これはヨシ。これもヨシ。どれも頭が涼し気に見える。私の心はいつになく浮きたった。だって、最近ではおしゃれをして出かけるなんてこともほとんどないもの。ま、そうなったらそうなったで、めんどくさいなあと思ってしまうのだけれど。
5つ目だったか6つ目だったか、ポンッと頭に載せたカチューシャが、まったくピンとこなかった。鮮やかなピーコックグリーンに目を奪われてカートに入れた品だ。残念ながら、私の真っ黒な頭髪とちょっと相性が悪い。加えて、ほかのは大丈夫だったのに、これだけは頭の形にも合わないのだ。返品するしかない。
注文したショップサイトを開き、返品ルールを読んで仰け反った。返品送料と手数料だけで7500円もかかると書いてある。カチューシャよりうんと高い。これでは返し損になってしまうではないか。馬鹿みたい。
ふと、色白で明るい髪色の女友達を思い出す。彼女にはピッタリ似合うに違いない。善は急げと会う約束を取り付け、訳を話しながら、私はピーコックグリーンのカチューシャを、大きな手鏡とともに彼女に差し出した。手鏡を見ながらさっとカチューシャを頭にはめ、彼女は私の顔を見てこう言った。
「どう? 大丈夫?」
中年の世にはド正論がふたつあって、ひとつは「いつまでも若さにしがみつくのはみっともない。年相応の振る舞いをしたほうがうんと魅力的」というやつ。もうひとつは「年齢や人の目を気にするなんて馬鹿らしい。誰かに迷惑を掛けるわけでもなし、自分の好きなものを着て好きなように振舞えばいい」というもの。どちらも、ド正論。
前者は、これさえ押さえておけば世間に後ろ指を指されるようなことはないと約束してくれるが、同時に思考停止をも意味する法則。後者は、自立心を持って自由に生きる素晴らしさを約束してくれるものの、類稀なるセンスがないと、みっともないことになりかねない法則。実際、みっともないことになっている同世代の存在は否定できない。
彼女も私も年相応カルチャーから大きくはみ出た人間だが、社会生活を送る上で「人の意見なんて関係ない」と言えるほどの自信もセンスもない。「痛い」と思われるのは嫌だし、適度に自由闊達ながら、ギリギリのラインは越えずに生きていきたいと思っている。だから、大丈夫かどうかが気になるのだ。そして、それがどんどんわからなくなってきている。私たちは、大丈夫なの?
無言の私に、再び彼女が「大丈夫?」と尋ねた。私は思わず笑ってしまう。そうだよね、問題はそこだよね。ごめん、でも私にもわからない。とっても似合っているように見えるけれど、大丈夫かどうかはわからない。
そう正直に答えると、彼女も大笑いしてくれた。ふたりして、手を叩いてゲラゲラ笑った。このままでは埒が明かないので、ハタチを超えた彼女の娘にジャッジしてもらうことにして彼女と別れた。
「大丈夫だった?」
今度は私が尋ねる番だ。そうLINEを送ると、彼女からすぐに返事がきた。
「大丈夫だった。ママらしい色で似合ってるって」私はホッと胸をなでおろす。良かった、私たちはまだ大丈夫だった